ただの知人と言われても
8年間勤務された方が近く退職されることとなり、その業務を引継ぐこととなったので、しばらく夏休みモードだった脳みそがここ最近フルスロットルで、わかりやすく眠りが深い。なかなか寝付けなかったり夜中に小刻みに目が覚めたりしていたのは脳が疲れていなかったからなんだろうな、とここにきて労働のありがたみを改めて知る。え?
過去にわたしが退職するにあたって後任の方に業務を引継いでいた時のこと。後任の方はわたしよりも10歳ほど年上の、一見穏やかそうに見えて目が笑っていないタイプの圧が強めのおばさんであった。引継ぎをしている最中に度々「こっちのやり方じゃだめなんですか?」「このチェックは必ず必要ですか?」「これはちゃんと引継書に書いておいてくださいね。」などの発言を繰り返すので、「他にもやり方は色々あると思いますので、今後あなた様のやりたいスタイルにアレンジされるのはかまいません。しかし今は時間もないので、いったんわたしのやり方を最後まで聞いてもらえないだろうか!」「わたしは心配性なのでダブルチェックの意味でやっていましたが、自信がおありだというのならばチェックの作業を省くのはご自身の責任で勝手にどうぞ。間違えても知らないからね!」「書いてるわ!」と、荒ぶる心の声をオブラートに二重にも三重にも包んでお伝えするのにストレスを感じた経験があるので、自分が引継ぎを受ける立場になった時には、たとえ引継ぎの最中に引っかかる点はあったとしても、まずは今のやり方を素直にそのままいったん受け入れるという姿勢を貫いている。自分でやり始めて慣れてくれば、それを何のためにやっているのか、他のやり方に替えても差し支えないのか、ということはおのずと見えてくるはずだから。
今回業務の引継ぎを受けている相手の方は口癖のように「これはあくまでわたしのやり方なので、好きなようにやってもらってかまいません。」と仰る。もしかすると彼にも過去に圧が強めのおばさんにストレスを感じながら引継ぎを行った経験があって、予防線を張っているのかもしれない。でも心配しないで欲しい、わたしは特殊な訓練を受けてきた素直な引継ぎ受けマシーンなので、どうか臆せずにあなたのやり方を残らずわたしに教えてください。「なんでそんなやり方で」なんて言わないし、その作業の必要性の有無を問うたりもしないから。
引継ぎ期間はあと一週間、うまく引継ぎは完了するのか、それとも?
それでは、お手元の文庫版『邪魅の雫』(2009年6月12日第1刷)の234ページからの第7章をご覧ください。(わたしは中古で買ったので最新版のものではないのです。)
この第7章は、猫のように丸まった姿勢の悪い背中(関口君)が、まるで葬式を二十ばかり梯子したかのような極め付きの仏頂面(京極堂)に45ページにもわたってこんこんと叱られ続けるという、ここだけ聞けばうんざりしそうな場面なのだけれど、その実、京極堂の言葉の節々に関口君への愛が溢れていて、ふたりのやりとりを見ていた益田が「中禅寺さん面倒見がいいすねえ」と思わず漏らしてしまうくらいにハートフルな場面なのである。あ、中禅寺というのは京極堂の本名である。益田というのは、と話し出せば長くなるので続きはWEBで。
ほんとうはこの第7章をとにもかくにも読んで頂きたいところなのだけれど、ここだけ切り取って読むよりは、シリーズ1作目から順番に読んで、それぞれのキャラクターのイメージを確立させたうえで読んだ方がずっと響くに違いない。しかし、今から1作目から読み始めてここまでたどり着くには、文庫本約4kgを読破する必要があり相当な時間とエネルギーを必要とするため「いや、邪魅の雫の第7章よかったねぇ。京極堂、泣かせるねぇ。」の思いを分かち合う日が待ちきれないので、ここにほんの一部を抜粋して書き留める。
自分の作品に対する悪い評判に落ち込む関口君に向けた京極堂の言葉たち。
京極堂の話す一言一句が胸に刺さってしかたがない。第7章だけを繰り返し8万回読んだ。たったの45ページなのでね。京極堂に「友人じゃなくて、ただの知人だ」と言われる関口君を気の毒に思っていたけれども、今では京極堂という友人を持った関口君がうらやましくて仕方がない。関口君めー、うらやましいぞ。
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