「羽田さんの家の周りは散歩できそうなところがたくさんあるから、羽田さんさえ良ければ散歩に行ってみない?運動にもなるし、気晴らしにもなるから、精神的にもだいぶ落ち着くと思うよ」
月1回の心療内科の通院の時によく一緒になるヘルパーのnさんからそんな提案をされたのは、4月の終わり頃だっただろうか。
私は運動は大の苦手だが、歩くことはとても好きだ。
ここ10年ぐらい福島に住む叔父が、毎年ゴールデンウィークとお盆休みと年末年始の時期に、1カ月ほど我が家に滞在することが恒例になっている(昨年と今年はコロナの影響で来られなかったが)。
心身を病んで仕事に出られなくなり今のような生活になってから、天気が良ければ午前中叔父と散歩に出かけていた。
我が家から歩いて5分ほどのところにある海の周りをぐるーっとして、途中遊覧船の船着き場のベンチで休憩して、戻りがてらコンビニでお昼を買って帰ってくるというコースだった。
1時間散歩に出るだけでも、気持ちが楽になるし、心なしかお通じも良くなるので、心にも体にもとても良い日課だった。
だが叔父が居ない時は散歩に出られない。
まだ辛うじて一人で外出ができていた4年ぐらい前、もともと折り合いが悪い祖母と日中ずっと二人っきりで家に居るのも気が滅入るので、叔父と歩いた何となくの記憶を頼りに、白杖(はくじょう)だけを持って一人で海まで散歩に出たことがあった。
行きはどうにか行けたのだが、帰る時に道に迷ってしまった。
お世辞にも都会とは言えない我が近所は、駅前のように周りに常に人が居るようなところではないので、道を聞きたくても聞ける人がなかなか居なくて本当に困った。
たまたま通りかかった家の庭先に立っていた叔父さんのおかげで、その時は何とか帰ることができたのだが。
そんなこともあって、全盲の私が一人で家の周りを散歩するのは物理的に難しいなあと思い、一人散歩はすぐに断念してしまった。
そんなことがあってのnさんからの提案はとてもありがたかった。
この半ひきこもり生活から少しづつでも脱却しなければと思い始めている今、散歩に出ることが、外に出て人と関わる良い訓練になるのではと思ったのだ。
そのことに慣れてくれば、また20代の頃のように一人で外出できるようになるかもしれないし、最終的には仕事にも出られるようになるかもしれない。
そう思ったので二つ返事でnさんからの提案を受けて、5月の半ばからヘルパーさんとの散歩が始まったのだ。
最初の2か月は、月に2回主に木曜日の午前中の2時間で散歩の時間を取ってもらっていた。
叔父と歩いた散歩コースを歩いてみたり、お寺を通って海の方に出てみたり、海から続くサイクリングロードをひたすら歩いてみたりと、毎回様々なコースを歩いている。
海を歩くと波の音に心が落ち着く。
道端に咲いている花の匂いや、周りで泣いている鳥の声や、吹いてくる風を感じることで、日々のストレスやいらいらから解放されて気持ちが癒される。
また自分たちと同じように散歩をしている人や、釣りやサイクリングをしている人とすれ違って挨拶を交わすだけでも、こんな自分でも社会と繋がれていることを実感できて嬉しくなる。
それにヘルパーさんと近所を歩いていると、今まで知らなかったカフェや建物を発見できて、行ってみたい場所がどんどん増えていくのも、精神的にとても良い作用になっている。
8月からは月2回だった散歩の時間を週1回に増やしてもらった。
今では散歩のついでにランチをしたり、近所に来る移動スーパーで買い物をしたり、郵便局で用を済ませたりと、行動範囲が少しづつ広がってきている。
さらに最近では一人でバスに乗れるようになる訓練も兼ねて、少し離れたフラワーパークにバスに乗って行ってみることもしている。
ヘルパーさんに見守ってもらいながらだったら、10分ぐらいならバスに乗れる自信がついた。
これから少しづつバスに乗れる時間と距離を伸ばしていけたらと考えている。
今の私にとって、ヘルパーさんとの散歩の時間は、気晴らしでもあり、社会や人に馴染んでいくための訓練になっている。
もちろんこれからも続けていくつもりだ。