お母さんの愛を食べ続けた女の子の話
あるところに、ひとりの女の子がいました。
その子は、食べることが大好きな女の子でした。
お母さんは、そんな女の子が喜ぶ姿が嬉しくて、
毎日毎日、ご飯を作りました。
女の子は嬉しそうに頬張ります。
その元気な姿を見てお母さんは考えました。
私が美味しいと思う料理を、この子にいっぱい食べさせたい。
この子なら、きっと残さず食べてくれるはず。
お母さんは腕によりをかけて、料理を作ります。
材料も厳選して良いものを選びます。
お金だってかかります。でも、女の子のためです。
お母さんはがんばります。せっせせっせと鍋をかき回しました。
出来た料理は、それはそれはご馳走で、
食べきれないほどの量でした。
それを全て並べてお母さんは言います。
「いただきますを言って食べなさい」
女の子はいつもと違う食卓に戸惑いながら、料理を食べ始めます。
「おいしい?」
お母さんは、女の子が食べる姿を、ジッと見つめています。
女の子は言いました。
「お母さんは、食べないの? お父さんの分は?」
「お母さんはいらないの、これはあなたが全部食べるのよ。
お父さんにはこの味はわからないから、食べさせなくてもいいの」
女の子の体はまだ小さいのです。こんな量は食べられません。
それでもお母さんは言います。
「美味しいでしょう? 残さず食べなさい。
私の子だったら、食べられるでしょう?」
たしかに女の子はお母さんの子供です。
食べられなかったら、
お母さんの子供ではなくなってしまうのでしょうか。
お母さんに嫌われてしまうのでしょうか。
女の子は怖くなりました。一生懸命、食べ続けます。
「温かいうちに早く食べなさい」「温かいうちに全部食べなさい」
お母さんはどんどん厳しくなっていきました。
女の子が少しでもつらそうに顔を歪めると、
「せっかくお母さんが作ったんだから、もっと美味しそうに食べなさい!」
叫ぶように女の子を叱りつけました。
思春期を迎えた女の子は、自分の姿を見て愕然としました。
この太った女の子が私?
それでもお母さんのご馳走は続きます。
あんなに料理好きだったお母さんが、ヘトヘトになりながら
女の子のご飯を作っています。
それでもお母さんは手が抜けないのです。
だってこれは女の子のためだから。
今日もすごいご馳走です。
女の子は思い切って言いました。
「お母さん、私ダイエットしたい。だから、普通のご飯にしてほしいの」
お母さんは、女の子に冷たく言いました。
「それなら、もう食べなくていいわよ。
お母さんは二度とあなたのご飯は作らない。
どこへでも、好きなところで食べてくればいいでしょう」
女の子は黙ってしまいました。
ずっと、お母さんのご飯を食べてきたのです。
他のところ、なんて言われても、それがどこだかわかりません。
女の子はいつものように、料理を口に運びました。
それでも女の子は、太った自分が嫌でした。
女の子は魔法を使いました。
食べたものを、水に流せる魔法です。
この魔法を使い始めてから、女の子はどんどんスリムになります。
そして、以前にも増して料理を食べてくれる女の子を見て
お母さんはとても満足していました。
やっぱりこの子には、私が必要なんだ。
お母さんは活気づきました。
女の子もお母さんの嬉しそうな姿が嬉しくて
料理を食べては、魔法を使い続けていました。
ある日、お母さんが食器を片付けていたら、
何やら音が聞こえてきます。
音のする部屋を覗いてみると、女の子が魔法を使っていました。
お母さんは驚きました。
自分の作ったご飯が、女の子の口から飛び出して、
ひとつひとつ水に流れて消えていくのです。
お母さんは絶望しました。
今まで一生懸命作ってきたのに、この子はずっと
口から出して、水に流して、消していたんだ。
自分の今までの労力は、一体何だったのだろう。
費やしてきた全ての時間が、無駄だったのではないか。
お母さんは苦しみました。女の子に自分を否定されたと思いました。
「こんなにご馳走を作ってきてあげたのに、
あなたは親に感謝もしないで、そうやって全てを無駄にするの!?」
全ての料理が消えていき、女の子はとうとう倒れました。
お母さんは驚いて、女の子の体を支えます。
女の子は消えるような声で言いました。
「お母さんの料理は美味しいよ。でも、私、こんなに食べられない」
女の子は、そのまま気を失いました。
気づかないうちに女の子は、紙のように薄くなっています。
お母さんはその体を抱きながら、泣きました。
どうして、こんなことになってしまったのか。
自分はこんなに、この子を愛していたのに。
この子にはそれが伝わらなかったのか。
「あんなにご馳走を作ってあげたのに」
それからお母さんは、もうどんな料理を作ったらいいか、
わからなくなりました。
でも何か作ってあげたいのです。
この子の好きなものは何だっただろう。
この子が今、食べられるものは何だろう。
紙のような体を見ながら、お母さんは、
女の子が赤ん坊だった頃のことを思い出していました。
お母さんはキッチンに向かいます。
真っ白なお米を洗い、たっぷりの水を入れ、
ゆっくり煮て、トロトロにします。
熱いうちにザルで濾し、お椀によそいました。
女の子にすすめてみます。
「食べられない、食べたくない!」
布団を頭から被ったまま、顔を出そうともしません。
お母さんは、前のように食べなさい、とは言いませんでした。
冷めないようにお椀にフタをして、女の子の枕元にそっと置き、
女の子の部屋を出ました。
女の子はお母さんが何も言わなかったのに驚きました。
そっと、布団の隙間から、どんな料理か見てみると、
そこにはお椀とお匙が置いてあります。
起き上がって、フタを開けてみました。
重湯でした。
淡くて白い重湯が、お椀の中で湯気を立てています。
食べたい気持ちと食べたくない気持ちが入り乱れます。
でもやはり、人は食べずには生きられません。
女の子は本能につられ、ひとさじ口に含みました。
温かい感触が喉をつたい、全身に栄養が行き渡ります。
その重湯は、お母さんが生まれてはじめて、
女の子に飲ませてあげたものに、とても良く似た色をしていました。
お母さんは今でもたまに、女の子にご馳走を作りたくなってしまいます。
でもそれは、女の子が食べたいものではないと知りました。
お母さんは、腕をふるいたくなる気持ちを我慢しながら、
女の子が食べられる料理を作っています。
ようやく食卓に少しづつ、穏やかな笑顔が戻りはじめたのでした。
※この投稿には摂食障害を連想させる記述がありますが、
筆者自身に、そのような辛い経験はなく、子供が親の愛情を受け止めきれず、疲弊していく姿を、比喩したものです。
長い記事をお読み頂き、有難うございました。
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