春はますずし
「春はますずし」
富山名物の駅弁「ますのすし」を頬張りながら、夫がそんなことを言い出した。
千年の時を越え、清少納言から著作権侵害のクレームが飛んできそうな一言だが、夫の言うとおり、ますのすしは色もほんのり桜色で、春にぴったりの食べ物だと思う。
ますのすしは、笹の葉にくるまれている。
小さな木製のわっぱには酢飯、その上に鱒が乗っている押し寿司だ。付属のプラスチック製のナイフを使って、等分に切り分けて食べるその様は、寿司界のホールケーキといっていい。
まだまだ疫病の影響で、酒瓶抱えて花見、という訳にはいかないかもしれないが、せめて桜の下で、ますのすしを頬張るくらいは許してほしい。そんなことを思ってしまうほど、久々に食べたますのすしは美味しかった。
疫病が流行して2年。
近所のスーパーで「駅弁大会」が開催される機会が増えた。デパートで大々的に行なう駅弁大会と違い、スーパーの駅弁大会は、売り場に駅弁が置かれるだけの、ひっそりとしたものだ。それでも駅弁を手軽に買えるのはとても有難い。しかも夕方まで残っている駅弁は、半額に割り引かれることもあるのだから、それに出会えたときの喜びはひとしおだ。
夫は、スーパーで駅弁大会が開催されると、広告のチラシを見ながら、いつも富山の「ますのすし」にするか、奈良の「柿の葉寿司」にするかで迷っている。
そして夫は、
「もしここにめはり寿司があったら、オレどれにするか決められないなぁ」
なんて言っている。
ちなみに、めはり寿司は高菜漬けでご飯を包んでいるので、ますのすしや柿の葉寿司と違い、そのまま葉をむかずに食べられる。駅弁のめはり寿司はそこまで大きくないが、家庭で作られるものには、占い師の水晶玉のように大きなものもあるらしい。
もしかしたら、お気づきの方もいらっしゃるかもしれないが、夫が好む駅弁は、すべて何某かの葉っぱで、ご飯が包まれている。
ますの寿司は笹、柿の葉寿司は柿の葉、めはり寿司は高菜。見事なまでに葉っぱだらけだ。
なぜ夫がここまで葉っぱに包まれた寿司を好むのかというと、夫の出身地、新潟県上越地方の郷土料理「笹寿司」を食べて育ったからではないかと思う。
世代によって違いがあるかもしれないが、夫が子供の頃は、寿司といえば、海鮮がのった握り寿司ではなく、甘辛く煮たシイタケや山菜などがのっている、この素朴な笹寿司のことを指していたそうだ。
夫がつい、葉っぱに包まれた駅弁を選んでしまうのは、そんな郷愁からに違いない。そう思っていた私は、
「やっぱり、ふるさとの味が忘れられないんだねぇ…」
しみじみ言うと、夫は「ううん」と、それを否定し、
「多分、前世がパンダだったんだと思う」
そう言って、ますのすしにへばりついている笹の葉をはがした。
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