夏の色素
今日、ドラッグストアからの帰り道に、タチアオイが踏切脇に咲いているのを見つけた。踏切の向かいには電車を撮るためにカメラを抱えている人が数人いたものの、タチアオイにカメラ(といっても私のはスマートフォンについているものだが)を向けているのは私だけだった。
タチアオイとは、夏に咲く花らしく、ちょうど今のような汗ばむようになってきた頃にちらほらと咲き始めるようだ。真っ直ぐに伸びた茎から赤やピンクの薄い花びらをつけた花が茎から直接生えたような姿をしている。川辺やちょっとした空き地に咲いていることもあるので、見たことある人もいるのではないだろうか。
タチアオイ自体とは昨年の夏から約1年ぶりの再会であったが、踏切の脇に咲いているのには初めて気づいたので、ある意味初対面と言えるだろう。そして、今日もう一つ新たに気づいたことがある。それは、タチアオイという花を始め、ヒマワリやマリーゴールド、さらには街路樹や洗濯物まで、夏に出会うものは全てが色素が濃いものたちばかりだということだ。
ドラッグストアからの帰り道は徒歩で30分ほどだが、目にしみるような木々の緑が上からたくさん降ってきた。毎年桜が散る頃には新緑の生命力にどうも当てられ、げんなりしてしまうこともあった。だが、夏の緑には強すぎる生命力というものよりどうも落ち着いた爽やかさを感じる。新緑の明るい緑でなく、夏の葉が発する落ち着いた濃い緑がもたらす効果だろうか。タチアオイの花の持つ赤やピンクもそうだ。春の花が持つような淡いピンクや赤でなく、夏の強い日差しを一身に浴び、そして跳ね返すかのような強い色を持っている。
5月の暑さは「夏」の暑さと形容するにはふさわしくないかもしれない。本当の夏は7月以降、連日30度を越す気温とともに暑い雨雲を追い払い、太陽がやってきてからのことを指すからだ。しかし、今日の東京の気温は25度をゆうに越す夏日。わずかばかり先取りしたかりそめの夏を、徒歩30分の帰り道で満喫させてもらった。
鉄道オタクのカメラマンたちはあの暑い中電車をひたすら撮っていたし、駅の近くではスーツを着たサラリーマンはスマホを見つめて歩いていった。人にはそれぞれの季節の感じ方があるものだから、鉄道オタクは電車を撮る時の日差しの過酷さから、サラリーマンは仕事終わりに感じるビールの美味しさから、夏を感じるのかもしれない。だが、少しでいいからもう少し周縁の世界に目をうつしてみて欲しい。私たちが思っている以上に夏の色素は濃いのだ。長い雨が終わった後、さらに暑い季節がやってくる。そんな時に、目に映る濃い色素を楽しめることを祈って。
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