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〖エッセイ〗「私にとって薬とは。」

私にとって、薬とはなんなんだろうか。
鬱病、原因不明の体の痛み、定期的にやってくる偏頭痛。元気に動ける日は少なくなっていく一方だ。薬も増えていく…。

毎日毎日、同じ天井を寝ながら見つめながら考える。
「私にとって薬とは何か。」

産まれた時の新聞記事

ちょっと見にくくて読みにくいが、「臓器移植をした後の拒絶反応を抑える免疫抑制剤が妊娠や出産を容易にした。免疫抑制剤シクロスポリンが昭和60年に保険適用され、61年4月から発売が許可された」と、記事には書いてある。

私が産まれたのは昭和62年5月。
まさに許可がおりて、数ヶ月で母は妊娠した事になる。

母は自然分娩で私を産んでくれた新聞の見出しにも有るように、周りからは「幸運」「奇跡」と言われた。

しかし、出産は母の体に大きなダメージを与えた。母は出産して3ヶ月、病院へ入院していたそうだ。私は1ヶ月は一緒に入院していたそうだ。当然、薬の影響で、母乳は一口も飲んだことがないらしい。

妊娠、出産、入院で、当時200万掛かったらしい。加えて、移植をした人は一生、免疫抑制剤を飲み続けなければならない。
月に1度は病院へ通い、薬代だけで月10万円掛かったらしい。

私はその事実を大人になるまで知らなかった。
病気を患った母本人も、それを金銭的、精神的にも支えた父も、立派だと実の両親ながら、感じてしまった。

新薬の、お陰で幸運にも産まれてきた私。
薬が無ければ、タイミングが少しでもずれていたら…今、私はここには居ないであろう。

そして、私は今、鬱病の薬、体の痛みを抑える薬、偏頭痛の予防薬と頓服を飲まなければ生活を送る事が出来ない状態だ。


飲んでいる薬。

世の中にはもっと、たくさんの薬を飲まなくてはいけない人も居るだろう。
どんな人もぶち当たるのは、「副作用」である。重篤なものから、軽症なものまで様々だと思う。また個人差もあると思う。

しかし、大量の薬を飲んでいて、悩まない人は居ないと思う。

私も様々な軽症ではあるが副作用に振り回される。特に精神薬は、「希死念慮、イライラ、落ち着きがなくなる、喉の渇き、眠気、脱力感、倦怠感」を伴ってしまうものも多い気がする。

また、薬が変更になる事はかなり多い。
その度、効かなかった薬に絶望する。

加えて私には薬物アレルギーがある。
抗生物質の、クラリスとサワシリンが飲めない。飲むと薬疹が出てしまう。
クラリスとサワシリン以外の抗生物質も、たまに軽い動機がするものもあるので、飲む時は気を付けて飲むようにしている。

市販の薬にも弱く、前に肩こり改善の市販の飲み薬を飲んだら激しい頭痛に襲われた。
救急車を呼ぼうか、病院へ電話をしようか迷うほどだったが、事なきを得た。

翌日もまだ体調が悪かったので、内科を受診して相談した。「あなたの場合、市販薬は飲まない方がいいでしょう。必ず医者から処方された薬にしてください。」と言われた。

こうして、薬に悩まされても居る。

皮肉なものだと思う。

新薬によって得ることができた命。
薬によって保たれて居る命。
だけど、それによって悩まされている命。
実に滑稽である。

私にとって薬とは…なんなんだろうか。

ただ、新しい薬が沢山の命を支え、助けている事はきっとあるだろう。
これからも、素晴らしい薬が世に出て、沢山の人の命が助かりますように。

これは、私ではなくきっと母の願いだろう。

母は、あの時の新聞で「私と同じ境遇の人達は希望を捨てないで」と語っていた。

あの時、母にとって「薬」は「希望」だったのだ。
これからも、様々な薬が、沢山の患者さんや、家族の「希望」になって欲しいと母の言葉から、今、学ぶ。

母の思いを胸に、今日も私は薬を飲み続ける。





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