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【広告本読書録:015】DRAFT 宮田識 仕事の流儀
語 宮田識 編 花澤裕二 発行 日経BP社
みなさんはDRAFT(ドラフト)という会社をご存知でしょうか。「PRGR」「BREITLING」「ウンナナクール」「世界のkitchenから」「キリン生茶」などのブランディングを手掛けるデザインカンパニーです。
今回紹介するのは、そのDRAFTを率いる宮田識(みやたさとる)さんの語りと事例集(プロジェクト秘話)そしてメンバーによる宮田さん論で構成されたこの一冊です。
そもそもぼくはDRAFTがまだ『宮田識デザイン事務所』だった頃の作品で、宮田さんの存在を知りました。いまでも鮮明に覚えているのは、コピー年鑑で見た「LACOSTE」「モスバーガー」「PRGR」「キリン一番搾り」などの広告たち。あと「日本鉱業」なんていう、いかにも堅そうな企業の広告ね。キャッチコピーからして「ディフェンス。」とか、シリーズを通して硬派なコピー&アートにシビレたものです。
あとなんといっても「PRGR」の大胆なレイアウト。斬新なビジュアルなんだけど、決して商品を脇に追いやらないデザインが大好きでした。いまそのあたりの作品はDRAFTのHPにアーカイブされているので、ぜひ見てみてください。ぶっとぶぜ。
さて、そんなDRAFTを率いる宮田さんが大いに語るこの本、中身はいったいどんなものなんでしょうか。
デザイナーとかコピーライターとか関係なく
もしかしたらクリエイティブとかそうじゃないとかも関係ない。居酒屋の店長にもフレンチのシェフにも、お巡りさんにもガッコのセンセイにも、営業マンにもお仏壇やさんにも、世にあまたある全ての職業に共通する「仕事に対する基本的な心構え」を教えてくれます。
それも、宮田さん自身が若い頃に舐めた辛酸をベースに、非常に簡潔に、タイトな表現で語ってくださいます。ゆえに刺さりがいい。ちょっといくつか紹介しましょう。
準備こそ勇気の源。準備が足らないから弱くなる
何をしたくてこの仕事を選んだのか。その根っこを貫く勇気があるか
良いデザインのために対等のパートナーになる
好きなことを突きつめる。そこから自分らしさが生まれる
ルールや制約を挑戦しない言い訳にしない
伸びるチャンスがいつか来る。そう信じてポジティブに仕事をしようや
これだけ見てもなんとなく感じていただけると思いますが、これ、いずれも若手や駆け出し、発展途上のデザイナーたちに向けられて発せられている言葉たちなんですよね。それもそのはず、この本の出自はもともと「日経デザイン」というデザイナー向け専門誌で連載されていたもの。そのテーマが、若手クリエイターへのエールを送ってほしい、というものだったのです。
どんなところがすごいのか
ぼくがいうのもいかがなものか、なんですけど、宮田さんって数々の伝説をお持ちなんですよね。まず、その性格。竹を割った、というか、非常にシンプルというか。語られる言葉の端々からも感じられるのですが、本質的かつまっすぐな考え方をされる方です。
ゆえに、ビジネスの現場にはびこる“なあなあ”的な空気を一刀両断するし、適当なやつ、いい加減な事柄などには正面からぶつかっていく。その姿勢でデザインという仕事と向き合っていけば、当然領域もひろがり、いまの「ブランディング」という高みにまで到達するのもうなづけます。
ここで、この本の編集に携わった花澤さんの言葉を引用します。
誤解を恐れずに言えば、宮田代表の仕事はいわゆる「デザイン」をすることではありません。人びとを幸せにし、世の中の役に立つ…そんな商品やブランドをつくり、世に送り出す手伝いをすることです。だからモノづくりの段階から参加するし、素材選びや売り方まで考えるのです。時にはクライアントとも喧嘩をします。怒鳴りつけます。それで仕事を失ったこともあります。頑固です。しかし、本人は気にしません。良いものをつくるために、クライアントと対等のパートナーたらんとする。(以下略)
でも、そんな宮田さんも最初からそうだったわけではないそうです。本書にも書いてあるんですが「40歳ぐらいまでは力が伸びなかった。50代で少しずついろいろなことがつながりはじめて、やるべきことがシンプルに見えてきた。60代からですね、本当の成長は。」とあります。
ぼくはこの一節を読んだとき、途方も無い安心感を覚えました。と、いうのもぼくも遅咲き(というかまだ咲いてない)もいいところで、自分の意思で自分の仕事を自覚的にコントロールできるようになったのって、ここ2年ぐらいなんです。つまり、それまでぼちぼちやってきたことが48歳ぐらいで形になってきて、ようやく自分の仕事に自信が持てるというか、自分と仕事の一体感みたいなものを実感できるようになったんですね。
だけど、タイミング的にはおそすぎるじゃないですか。ふつうほとんどたいていの一流クリエイターは、みんな30代でデビューしています。早い人は20代後半で。それだけ、クリエイティブっていうのは新鮮な感性と価値観が求められる仕事だということなのでしょう。
まるで成長しない20代から45歳まで
でもぼくは20代はその前半を社会のこと、世の中のこと、人間のことを何もわかろうとせず、ただ表面上で文字をいじるだけのゴミムシくんでした。ゴミムシくんというのは勤めていたプロダクションの社長からそう呼ばれていたんですが、あながち間違ってなかったです。そのうち嫌になって居酒屋の店長として20代後半、いたずらに時間を消費していました。居酒屋店長の経験があるからこそ、いまの自分があるのだから否定はしないんですけどね。
そして迎えた30代。奇跡的にも自分の力を発揮できる場を得たものの、気づけばそのステージが巨大なものと化していき、なおかつコントロールが効かない存在になっていきました。ぼくは気づけば意思のない、組織というものに流されるままの仕事しかできなくなっていた。実力に見合わないポジションにのっかり、言われるがまま、なすがまま。
そしてそのまま40代を迎え、いつの間にか閑職へ追いやられていました。
いまおもえば、ぼくをどんどん閑職へ追い込んでいったこの会社の判断はものすごく正しかった。ぼくは周囲の笛と太鼓にあわせて踊っていただけでしたから。何の努力もせず、何の成長もせず、自動的に登るエスカレーターに乗っていただけの13年間でしたから。
もし何の圧力も社内政治もなく、あのままのポジションに座ったままだったら。あるいは安定性と引き換えに閑職に甘んじていたら。辞める選択をせずに会社の意に沿う生き方を選んでいたらどうなっていたことか。お金の心配はいらなかったでしょう。事実、辞めて3年間は本当に苦しかったです。会社も一部上場まで果たしたので末席とはいえ社会的地位は担保されたはず。いま所属している会社は5年前からほぼ横ばいの状態です。
自分の名前で仕事をするようになって
結果、45歳ではじめて世間の荒波に揉まれることになり、まあまあ屈辱的なことも経験するのですが、いろいろあって48歳ぐらいから少しずつ仕事を発注してくれる会社や人が増えてきました。根がお調子者のぼくですから、そういうリクエストには全力で応えます。そうするとそれが評価となって、次の仕事につながる。そんなスパイラルが回り始めたのです。
でも、そうなったらそうなったで、新しい心配のタネがでてくる。依頼される仕事はいずれもはじめての案件ばかり。やったことのない仕事へのチャレンジの連続です。どの案件にも全力でバット振って、時には三振アウトになることも。果たしてこのやり方でいいのか。もう若くはない自分に伸びしろは残されているのか。そういった焦りもでてきます。
いつ仕事がなくなるか、という恐怖。もう自分のクリエイターとしての旬はとうに過ぎているのではないか、という焦り。そういったネガティブな感情がぐるぐると心の中で渦を巻いていたのです。
そんなある日、書店で手にとった『DRAFT 宮田識 仕事の流儀』に宮田さんの言葉で「60代からですね、本当の成長は」とあった。
そうなんだ!60代からなんだ!この一節は完全に心のトランキライザーになりました。そのままレジに並んだのはいうまでもありません。
核となる自分の考え方を持つ
と、いうように50歳のぼくにも刺さるくらいですから、この本の効能とは若手のみならず、ベテランクリエイター、道に迷っているクリエイター、その他ビジネスマン(ざっくりしてごめんなさい)すべての働く人に届くとおもいます。
たとえば『コンペに出ない理由』という章では以下のような理由を理路整然と語ってくれます。
僕は一番大事なのはやっぱり「人」だと思っています。だから、コンペティションにも基本的に参加しません。コンペというのは、人を選ぶのではなくて、表現を選ぶものになってしまっているからです。コンペに集まったさまざまなデザインの中で、A社の表現スタイルが気に入ったとします。ところが、やや足りない要素があったから、これと同じ表現スタイルでもう一度A社とB社にも出してもらう、なんてことがある。これじゃA社の立場はないですよね。コンペってつまりそういうことで、人ではなく表現を選ぶんです。僕は人で選ばない限り良い関係は創れない、次につながらない、と思っているので、コンペはやりません。
と、きっぱりスッパリ言い切っています。気持ちいいっすよね。こういったことからわかるのは、やはり、核となる自分の考え方を持つ。そして持ったら簡単にはブラさない。そういうことが大切なんだ。
こうあるべきだ、という自分の軸をもつこと。その大切さを学べる。それがこの『DRAFT 宮田識 仕事の流儀』の最大の価値かもしれません。
(おしまい)