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【広告本読書録:004】SUN-AD at work

宣伝会議『SUN-AD at work』編集部編 宣伝会議刊

サン・アドという広告会社がある。日本で指折りのクリエイティブカンパニーである。もともとはサントリー宣伝部に在籍していた開高健、山口瞳、柳原良平、そして坂根進といった文豪やイラストの大家、博学のクリエイティブ・ディレクターらによって1964年に設立。以来、サントリーをメインにホンダ、ソニー、新潮文庫、リクルート、資生堂、ラフォーレなどナショナルクライアントの広告コミュニケーションを手掛けてきた。

『SUN-AD at work』は2002年、創業38年目というなんとも中途半端なタイミングで編集された、同社の作品集であり、関係者の回顧録集であり、日本の広告の歴史を振り返る一種の教科書である。

この本も、すでに中古しかないんですね…宣伝会議オンライン(リンク先)では在庫なし。密林書店でも中古が844円から、というラインナップ。っていうかぼくが紹介する本が古すぎるんですねごめんなさい。いやでも中古でお値打ちに手に入るわけですから、まんざら悪くもないか。本の中身というか価値そのものはなんら減損しないもんね。

さて、このサン・アド。若い頃入りたくて入りたくて仕方がない会社でした。まさに憧れのプロダクション。ええそうですよ、ぼくはミーハーです。サン・アドに入れれば俺だって…というね。おそらく同時代のコピーライターの多くが同じような他力本願な夢を描いていたことと存じます。自分の実力も顧みず。

もうひとつの憧れプロダクションとして名高いのが、秋山晶さんと細谷巖さんのコンビが長年キューピーの広告をつくり続けているライト・パブリシティです。若い頃、酒飲みながらの広告談義では必ず「サン・アド派」と「ライト派」にわかれて口角泡を飛ばしながらああでもない、こうでもない、ああいつ声がかかるのかな、なんて。

サン・アドかライトに入ったら開花する才能。あるかそんなもん。

でもサン・アドは、なんてったって芥川賞作家と直木賞作家が在籍し、源流をつくり、それを継ぐものとして西村佳也さん、そして大きく広げた仲畑貴志さん。デザインにおいても既に大家といって差し支えない葛西薫さん、副田高行さん、夭逝してしまった野田凪さん。一時代を築いた錚々たるクリエイターがいた(いる?)会社なのである。もう、彼らと同じ空気を吸うだけで、自分のクリエイティブパワーが3.8倍ぐらいアップするとおもってもおかしくないのです。

で、この『SUN-AD at work』ですが、サン・アドに在籍あるいは縁の深いクリエイターがそれぞれの「サン・アド論」を語りつつ、セットでそのクリエイターが手掛けた表現物を掲載しています。古くは酒井睦雄さんとTVCF草創期に作られたトリスウイスキーのコマーシャル。出版当時の新しいものとしては福地掌さんの寄稿とY'SACCSのポスター。その間、48名ものクリエイターとその作品がほぼ時系列で紹介されている。つまり先ほども申し上げたとおり、38年間にわたる広告クリエイティブの変遷が読み取れる貴重な資料でもあるのです。

ぼくは広告制作者である以上は、過去の制作物をひと通り把握しておく義務があるとおもっています。なぜなら自分が次につくる表現が過去にあったものではならぬ、と考えているからです。結果として似てしまうことはあっても仕方ないでしょう。しかし知らないことで新しくない表現をあたかも自分が発見した新しい表現として発表するのはクリエイターの道理にもとる。

人間の記憶力には限界があるので重箱の隅をつつくつもりはありません。また世の中には全く新しいものは存在せず、既存の組み合わせによる妙が新しさのトレードオフであることも理解しています。しかし最低限の礼儀として、職業倫理の上からも、過去の表現物を知っておく、触れておくことは必要ではないかとおもうのです。

もうひとつ、過去の作品を見ておく効能として挙げておきたいのは、良質なインプットができることです。この連載の一回目に書評を書くことになった経緯を紹介したとおもいますが、そのきっかけをつくってくれた代理店のKさんにアドバイスしたのもそれ。ご自身でコピーを書けるようになりたいのであれば、良いキャッチや良い広告をたくさん見ること、インプットすることが大事ですね、とお伝えしました。

その点において、この『SUN-AD at work』はものすごく良質な教科書です。日本を代表するクリエイターたちのコトバたち、彼らの手による広告表現物、そして何よりサン・アドにまつわる人たちの熱き想いを327ページにわたって堪能できるのですから。

と、いうことで最後に、開高健さんが書かれたサン・アド設立趣意書の文章を引用して結びたいとおもいます。非常に格調高い文章が、当時話題になったものです。それではみなさん、さよなら、さよなら、さよなら(淀川長治さんの名調子で読んでください。そして『日曜洋画劇場』のエンディングテーマを脳内再生あるいはYoutubeにて再生してください)

 春が目をさましています。
 山は色が変わり、木ははじけ、渚には海藻の香りがたちこめています。子供は叫び、大人は額の輝く季節です。
 私たちも集って、今度『サン・アド』という会社をつくりました。総勢20名ばかりの小さなポケット会社ですけれど、スタジオもあれば重役室もあります。トイレは水洗ですし、カメラはリンホフです。鋭いデザイナー、読みの深いコピーライター、経験ゆたかなアート・ディレクター、そして重役陣には宣伝畑出身の芥川賞作家と直木賞作家がいます。手練手管の業師ばかりをそろえたとはかならずしもうぬぼれではないと思います。
 この会社の特徴は徹底的な共和主義にあります。ギリシャの民主主義に従って運営されます。人の上に人なく、人の下に人なく、年功、序列、名声、学閥、酒閥、いっさいを無視します。仕事はすべて徹底的な討議の上で運ばれます。そして、いままでにない美や機智や率直さや人間らしさを宣伝の世界に導入しようと考えます。アメリカ直輸入の理論や分析のおためごかしを排します。あくまで日本人による、日本人のための、日本人の広告をつくり、日本人を楽しませたり、その生活にほんとに役にたつ、という仕事をするのです。
 つぎのようなことができますから、美しくて上質でほんとに人びとの生活に役立つ製品があって訴求の方法に困っていらっしゃるのでしたら、ある晴れた朝、思い出して電話してください。

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