【広告本読書録:064】広告のヒロインたち
島森路子 著 岩波書店 刊
骨の髄までテレビっ子だったぼくは、情報収集のすべてをテレビに頼っていました。とくに女性タレントに関する情報は、TVCMが随一のチャネル。と、いうのも昭和の終わりごろまでは化粧品メーカーが年に2回のキャンペーンでしのぎを削っていたんですね。そのたびに新しいキャンペーンガールがコマソンとともにお茶の間を賑わしていたんです。
あと、衣食住遊あらゆる分野で新製品が開発される余白がまだある時代。新発売!の掛け声とともに新人、中堅、ベテラン入り混じって女性タレントがブラウン管に色彩を添えていました。
クラスの仲間はたいてい『ザ・ベストテン』とか『夜のヒットパレード』がネタ元。そんな彼らを一歩リードするのに、TVCMに代表される広告の世界はピッタリです。なんせ、昔はコマーシャル出演をきっかけに歌手デビューというシステムが充分に機能していましたからね。
あるいは歌手デビューしてもなかなかヒットに恵まれず、というアイドルがCMをきっかけにブレイク、という構造もしっかりと存在していました。
この早見優ちゃんの輝きをよくみてください。ぼくはこのCMをみるたびにいつかこんな手足の長い、エキゾチックで爽やかな女の子とお付き合いするんだ!と誓ったものです。しかし宣誓むなしく、その機会に恵まれることはついぞありませんでした。
とにかくぼくの中では歌番組よりコマーシャルをチェックせよ、というのが“先取り”に欠かせませんでした。そして今回ご紹介する広告本は、そんな広告の中で輝く女性たちを紹介した一冊です。
著者はせんだってもこの読書録でご紹介した『広告批評』の編集長だった島森路子さん。さっそく中身をご紹介しますね。
総勢39名のコマーシャルガール
古くは資生堂の原節子から、前田美波里、「オー!モーレツ」の小川ローザを経て大原麗子、牧瀬里穂、そして広末涼子まで。途中、山名文夫の描く女性やレナウンのイエイエ娘といったアニメーションもふくめて、戦後50年の「広告に登場するヒロイン」が勢揃いしています。
時代の変遷を、ヒロインのインパクトと照らし合わせてみていくと、やはり過去のほうが圧倒的に影響力が高かったとおもいます。まあ、それだけ情報量もチャネルも少ない時代ですから当たり前なのかもしれませんが…昔はそれこそ“社会現象”といわれるほどのムーブメントになりましたからね。
たとえば、アグネス・ラムなんて日本中の大人も子供もみーんな虜になってました。ライオンがハワイで見つけてきたアグネスはエメロンのCMを皮切りにクラリオン、旭化成、トヨタなど一年で11本の広告に登場。「まさにラム旋風が日本国中を吹きあれた」と島森さんも語っています。
カタコトの日本語。従順なかわいらしさ。グラマラスな肢体。しかし必ず健康的とも言えない。性がさまざまに売られる時代の歪みをあっけらかんと体現したかのような、あなたまかせのもの言わぬゴム人形である。<中略>繰り返し作り出されてきた典型的なペットの現代版、といえるかもしれない。
こう批評する島森さんの筆致には、いささかの“冷たさ”を感じずにはいられません。が、とにかく当時、広告だけでなく『8時だよ!全員集合!』などのバラエティ番組から『こち亀』といったマンガまで、あらゆるところでラムちゃんを見ることになったのでした。
いま、そんなことになるタレントって、いますかね?コマーシャルから火が付いて、あらゆるメディアに毎日のように登場する…ちょっと想像つかないです。なぜなら「あらかじめドラマや歌、あるいはモデルとして知名度のあるタレントを使う」というやり方が一般的になっているから。
これ、コマーシャル制作者としては、ひとつもう一度がんばってもいいところじゃないですかね?まだ無名のモデルの卵を見つけてきて、自分の作るコマーシャルをきっかけにブレイクさせる。やりがいありそうですけど。
ちなみにアグネス・ラムちゃんはこの数年後、表舞台から姿を消したのですが本文中には「20年後、子供連れで日本のCM(ダイハツ)に舞い戻り、その後の幸せな母親像をお披露目して、かつてのファンを複雑な思いにさせた」とあります。ぼくはそのときの広告をしっかり覚えていて、キャッチコピーに仕掛けられたユーモアを微笑ましくおもったものです。
「おっ、パイザー。」だなんて…思わず笑っちゃいました。果たして当時、業界人以外でどれだけの人が気づいたことでしょう。
仲畑コピーの名作中の名作
この本でもうひとつ、ぼくは「はっ!」とおもったことがあります。それは『無理数の女ー桃井かおり』として新潮文庫の1978年の広告を取り上げた章を読んだときのこと。
桃井かおりという、とらえどころのないキャラクターでひときわ存在感を放っている女優さんがいます。彼女はもともと文学座出身。のちにATG映画で本格デビューを果たします。その後テレビへと活躍の場を移し、1975年『前略おふくろ様』にてその怪演ぶりを全国のお茶の間に知らしめるわけです。
その3年後につくられた、新潮文庫のポスター。TCC賞にも輝いた名作です。キャッチコピーがとにかく話題になりました。
知性の差が顔に出るらしいよ・・・・困ったね。
このキャッチをこさえたのは仲畑貴志さん。説明不要、問答無用のコピーキングです。当時も相当話題になりましたし、その後、長年にわたりコピーライターの間で侃々諤々、酒の肴にされたキャッチのエバーグリーンですね。
このコピーの何がそんなに話題になったか。かんたんに解説すると、ふつうなら「知性の差が顔に出る」でいいわけじゃないですか。コミュニケーションとしては成立します。でも、そこに「らしいよ」というグズっとした余白をつけることで完全表現から脱却しているんです。
「らしいよ」があることで、嘘みたいな本当のように、受け手が入り込む余地ができます。さらに加えてこのコピーの素晴らしいところは「困ったね」です。これを仲畑さんは“エビフライの尻尾”と言ってました。エビフライの尻尾って食べないですよね。じゃあ最初から落として揚げるか、というとそうじゃない。尻尾のないエビフライっておいしそうじゃないでしょう。
つまりこの「困ったね」が果たす役割は不要不急だけど必要、というなんとなくウイズコロナなフレーズ(?)なのです。シズル感というのがいちばん近いかもですけどね。困ったね、なんてなくたってちゃんと機能する。だけど困ったね、があることで受け手の心に倍音のように響いていく。
「それを狙ったんや」と当時、仲畑さんは語っておられました。もう若手コピーライターたちはメロメロです。みんな、マネしてましたね。なんでもかんでもエビの尻尾みたいなのをつけてはいい気分になっていました。でもほとんど意味がないというか、たいがい失敗していましたけど。
実はヒロインありきのコピーだった、という仮説
で、ぼくもこの本を読むまでは「仲畑さんすごいなあ」とおもっていたんですが(いやもちろんすごい人なんですけど)、ちょっと待てよ、と冷静に考えてみた。
これ、この広告の企画、最初に桃井かおりが決まってたんじゃないか?そうすると、桃井かおりが言いそうなフレーズをこしらえるはずですよね。リアリティを出すために。
知性の差が顔に出るらしいよ・・・・困ったね。
いかにも桃井かおりがいいそうじゃないですか。もう一度、書くので脳内で桃井かおりの喋り方、そうだな『前略…』の海ちゃんのキャラで再生してみてください。ショーケン演じるサブちゃん(お兄ちゃん)に向かって。
知性の差が顔に出るらしいよーお兄ちゃぁん、困ったね、ねー、ねー。
いいそう!めっちゃいいそう!
ここまできたわたしは、こういう仮説を立てました。
はじめ「知性の差が顔に出る。」というキャッチを書いた仲畑さん。そのあたりで桃井かおりの写真でつくったカンプが届いた。文字を載せてみると、どうも気分じゃない。そこで「らしいよ」を付けた。ヨシ、桃井かおりっぽい!しかしどうやらポスターは二枚の顔のアップを横に並べたデザインになるとのこと(車内吊り)。キャッチが短すぎて座りがわるい。
よし、こうしよう。
知性の差が顔に出るらしいよ・・・・困ったね。
ますます桃井かおりらしさが出てきた!これだっ!ゴーゴー!
…みたいなのが制作現場の本当のところではないか、と。ね、そうおもったほうが深遠なる仲畑コピーがほんの少しだけ身近に感じられるでしょ?意外と真実なんてこんなもんだったりするんですよ。きっと。
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途中から完全に『広告のヒロインたち』から逸脱してしまいましたが、強引にまとめると昔は広告そのものと、登場する女性たちとの間がもっともっと密接に結びついていたような気がします。
90年代後半、そして2000年代に入ってからタレントCMのことをあまりよく思わないクリエイターも増えてきて(たぶんギャラが高いんでしょうね)敬遠されることもあったのかもしれません。
でも、数少なくとも最近も女性タレントを上手に使っているクリエイティブってあるとおもいます。カロリーメイトの清野菜名さん(結婚しちゃいましたね!)とか、マイナビバイトのみちょぱとか。
シズル感の出し方や、アプローチの角度などを考えるときにヒロインたちの言い回しやコトバをもっと上手く使ってもいいんじゃないか、なんておもったりします。
そんなとき、この『広告のヒロインたち』が教えてくれることは決して少なくないとおもいます!