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【広告本読書録:087】クリエイティブマインド つくるチカラを引き出す40の言葉たち

杉山恒太郎 著 インプレスジャパン 刊

師弟関係について考えることがあります。

実はぼく、大量のメンバーをマネジメントしていたことがあります。同時最大で170人、通算すると500人ぐらい?もっとかな。前職は東京、横浜、埼玉、千葉、静岡、浜松、名古屋、大阪、神戸、福岡と関東以西の各地方に拠点を持ち、それぞれにコピーライターを抱えていました。人大杉。

さすがに全員と師弟の契りを交わすことはできません。それでも数人とはいまも連絡を取ったり、仕事の相談に乗ったりする間柄。もちろんぼくが勝手に弟子だと思っているケースもあるだろうし、向こうがぼくの思惑を超えて師匠と思ってくれていることだってあるでしょう。

でもそんなことはどうでもいいの。

肝心なのは、そんなぼくにも師匠たる存在がいるってことなんです。ぼくは何人かのお師匠さんからいただいたものをメンバーに流し込んでいきました。そうして成長したメンバーが、縁あって弟子となった人にぼくから受け継いだものを流し込んでいく。

この円環といいますか、川の流れの一部に自分がいるという実感そのものがとてもありがたいことだなあっておもうんです。広告クリエイティブという分野の仕事は、誰もが師匠を得ることができる。そして弟子を持つこともできる。そんな素晴らしい側面をもっているんです。

汎用化が難しい領域だし、正解がひとつではない世界。新人クリエイターは師匠の背中を見て育つものなんですよね。そうやって考えるたび、古臭いかもしれないし働き方ナンチャラみたいな令和の価値観にはあわないかもしれないんだけど、師弟関係っていいもんだなっておもう。

そして、いわゆるギョーカイには、いまをときめくクリエイターたちのみんなの師匠とも呼ぶべき存在がいらっしゃいます。

杉山恒太郎さん、その人です。

杉山恒太郎さんについてはすでにこの広告本読書録でも著書を取り上げております。

「ピッカピカの一年生」「ランボウ、あんな男、ちょっといない」「セブンイレブンいい気分」など数々の伝説を作り上げつつ、時代の先を読みいち早くデジタルクリエイティブの領域を開拓。電通のボードメンバーを経て、現在は名門ライトパブリシティの代表取締役となっています。まさに広告の王道をひた走ってきたひとり。

その門下生も綺羅星の如く一流のクリエイター揃いで驚きます。ちょっと挙げてみますね。

伊藤直樹さん、大岩直人さん、御倉直文さん、岸勇希さん、北村久美子さん、桑原茂一さん、小松洋支さん、佐々木康晴さん、佐藤尚之さん、澤本嘉光さん、白土謙二さん、鈴木敦子さん、高崎卓馬さん、高田麦さん、中村洋基さん、原野守弘さん、細川美和子さん、山田壮夫さん

もちろん杉山さんのことですから弟子筋はこれだけではないでしょう。が、今回ご紹介する『クリエイティブマインド』に関与しているお弟子さんだけでもこの顔ぶれってことがわかっていただければ。

この本は、杉山さんが現場でお弟子さんにかけた40の名言・金言集。ひとつひとつのフレーズに杉山さんの解説が付いていて、背景や意味などがより理解しやすく編集されています。

つまり、これを読めば広告界の大師匠の弟子に近づける、というわけ。帯に天野祐吉さんが書いた「クリエイターのための福音書」というのもまんざら大げさでもなさそうです。

さっそく40の言葉からぼくが気になったフレーズを紹介しましょう。

不安はお友だち。

むかし「不安を飼いならしてファンにしよう」なんてよく言ってたのですが、杉山さんの言葉の中に似たものを見つけて少しうれしくなりました。

要するに不安があるから用意周到な準備をしたり、もっとよくできるんじゃないかと精度を追求したりするわけで、それが仕事のクオリティを一定水準以上にしてくれているってことですね。

あと抱えていた不安が大きければ大きいほど、その仕事が上手くいったときのよろこびも大きくなると。確かに、そうだよなあ。

不安があるから自分の力を振り絞るし、甘えがちな自分を鼓舞して高めていくことができる。そして上手くいったときにはごほうびもくれる。ものをつくる仕事には、ないと困るものかもしれません。だから不安はお友だち、なんですね。

アイディアが、世界に誇る日本の輸出産業となる日がくる。

そうなるといいなあ、とぼくもおもいます。しかしそれには超えなければ行けないハードルがある、と杉山さん。

現時点でネックになっているのは、アイディアというものが目に見えにくいこと。そのせいでビジネス上は成果物として認めにくく、正当な対価を得ることがまだ難しいんです。

ですよね。ぼくは求人広告畑の人間なんですが、求人広告のクリエイティブが価値を認められにくいのも、マネタイズされにくいのも、これと同じ構造なんだとおもいます。

しかしビジネス上の評価の基準はお金です。そこで正当に評価されないといい人材も集まりません。営みそのものがやせ細っていってしまいかねない。そのためにもアイディアをどう商品化してマネタイズするかは今後の大きな課題であると杉山さんはおっしゃっています。

このところ「効率至上主義」を問題視する声が増えているみたいだけど、効率や理屈だけでは、やっぱり幸せを生み出すような答えは導き出せないんです。発想の転換をしながら、日常の問題をよりソーシャルな視点でクリエイティブに解決するアイディアがいまは必要とされています。

アイディアは思い出すもの。

杉山さんはアイディアは外から降ってきたりするものではなく、自分の内なるところから浮かび上がってくるもの、といいます。気づいていないだけで発想の源はすべて自分のなかにある。これまで見たこと感じたこと、心にひっかかっていることが、向き合っているテーマと何らかの化学反応を起こして浮かび上がるものである、と。

だからまったく知識も経験もないテーマについて斬新なアイディアを生み出すことはできないといいます。ぼくはその一文を見て「ああ、やっぱりそうか、そうなんだなあ」とホッとしました。

逆に言えば、思いつくのでなく思い出すのだから、その材料をどれだけストックしておけるかということが肝心。森羅万象世の中のあらゆることに興味を持ち、日々情報に接したとき、センシティブにキャッチしておくこと。

ああ、そういえばそんなようなことを新卒研修の講師として、壇上から偉そうに語っていたなあ、と思い出しました。この仕事、好奇心が絶対に必要な理由はここにあるんですね。

カンタンにいうと、どういうこと?

すぐれた企画は、ほとんどがひとことでいえます。逆にいうと「こういう企画です」とひとことでいえないような企画は、世の中に対して説得力がないともいえる。

この言葉は、わかっていたけれどあらためて、この本を手にしてから強く意識するようになりましたね。ひとことでいえるかどうか。要するになんだ。

いまぼくは、あるインターネットメディアの編集部で、企画出しの壁打ち相手みたいな仕事をしています。若くてとてもイキのいい編集者がいて、彼はどこかでみたような、それでいて斬新な(そのメディアでは特に)企画をたくさん考えてきます。

しかし最初に一度聞いただけでは、なんのことかわからないケースが多い。「こういうのがやりたい」という思いが熱量たっぷりにザーッと書かれた企画書を見ても、いまひとつクッキリみえてこない。

そこで説明を求めるのですが、彼の頭の中では着地しているのに、聞いてジャッジするぼくからするとまだまだ端的にあらわせていないことが多いんですね。そんなとき、杉山さんのこの言葉を引用しています。

カンタンにいうと、どういうこと?

そう言うと彼なんかカンがいいから「はっ!」という表情になり、やがてニッコリしながら説明しなおしてくれるんです。

駅や街でポスターを見て、「ああいうのをつくりたいな」と思う。それをゴールだと考えていると、スケールが小さくなってしまう。

これには思わずガツーン!と鈍器で頭を殴られた気がしましたね。いまさら気づいても時すでに遅しなんですが、ぼくが商品広告のコピーライターとしてブレイクしなかった理由はまさにここにあるんだとおもいました。

いつもそうだった。雑誌を見ては、ため息。テレビを観ては、感嘆。新聞を開けば、羨望。ポスターを眺めながら、やられた。俺はいつになったらこういうクリエイティブがつくれるようになるのかな、早くつくりたいな。

そんなふうにずっとおもっていたんです。つまり最初から「誰かがすでにつくった何か」がゴールだった。ということは、それ以上のスケールのものなんて考えられないわけです。

とてもじゃないけどあれを超えよう、だなんておもえなかった。だから商品広告をやっていたとき、まったく芽が出なかったんですね。

だけど。その後、一度リタイアしてからリベンジではじめた求人広告では違った。周囲を見渡して、こういうのがつくりたい、とおもえる求人広告なんかなかった。それよりも映画や音楽、小説、お芝居など求人広告以外のエンターティメントとタメで勝負張るつもりでコピーを書いていました。

それが結局、求人広告という小さな池の中だけど、一応、ある程度のところまで行けた理由なのかなとおもっています。

逆をやれ。

個人的にいちばん好きな言葉が、これです。逆をやれ。ぼくは性格があまのじゃくなもので、逆張りになると燃えるんです。みんながやろうとしていることはやりたくない。「いまこれがキてる」には手をだしたくない。

だったら、その正反対にあるものに光を当てて、もっとよくしてやるぜ。そんなふうにおもうんですよね。

つねに「逆」を意識することは、人や時代を動かせるつくり手になるための必須の資質といってもいいかもしれません。

しかし杉山さんがおっしゃっているのはぼくが言ってるレベルでは全然なくて、もっと高いところにありました。「逆」を意識することはもうひとつ大切な意味があるとおっしゃいます。それは「自分っぽさを脱する」ということだと。

どうしても、ものを作り続けていると、その人のトーンというかカラーがでてきますよね。それはとてもいいことである反面、そこから逃げ出そうと提案しているのです。受け手を裏切るだけでなく、自分自身も裏切りつづけていくことで、いわゆる頭打ちの状態を回避する。それがつくり手として自由を失わないことであると定義づけています。

逆を意識するからこそ、つくり手として自由になれる。

とてもその領域での理解はできていませんが、それでもぼくなりの「逆」は意識して、これからもものづくりに臨みたいとおもいました。

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『つくるチカラを引き出す40の言葉たち』の中から、特にぼくが気に入っている6つを抜き出してご紹介しました。いかがでしたか?

当然、残りの34の言葉の中にも刺さるものがたくさんあります。これらのフレーズは実際に杉山さんがお弟子さんにかけた言葉ばかり。つまりこの一冊を脇に仕事に取り組めば、常に杉山さんというお師匠が横にいてくれると同等なわけです。ほんとか?まあ、ほんとだとおもってくださいな。

白に特色の金で文字が描かれたシンプルな装丁も美しい一冊。クリエイターのみならずマネジメントを仕事にしている方にもおすすめの書です。

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今回をもちまして2020年の『広告本読書録』は終わります。今年はいろいろと大変な一年でしたが、みなさんほんとうにおつかれさまでした。ご愛読いただいた方に深く御礼申し上げます。2021年は1月8日(金)より連載再開いたします。来年もよろしくお願いいたします!

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この度、noteの読書感想文投稿コンテスト「#読書の秋2020」におけるライツ社の課題図書『毎日読みたい365日の広告コピー』にて当連載が入賞いたしました!

きっかけは自分が読みたいことを書けばいい、とおもってはじめた連載でしたが、最近になってほんとうにやっててよかった、と感じる出来事が多くなってきました。ライツ社さん、いつも読んでくださるみなさん、いつもスキを押してくださるみなさん、本当にありがとうございました!


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