複雑性PTSDという傷から回復して、いま伝えたいこと。
夜が明けた。
複雑性PTSDという病気について、その名前を知り自分がそうだと確信したとき。3年前。患っていた期間が11年。
やっと、終わった。
この文章は、以前書き残した病気の症状からの回復の経過、そして予後を簡潔に記すものである。
文章が下手になったなあ。もう私に「語り」は必要ないのだろう。「性虐待被害者」というレッテルが不要になり、誰に広める理由も無くなってしまった。
それでも、この文章が少しでも私を気にかけてくれた人に、そして同じ症状で悩む方に届きますように。
まず症状について。改善した点。
・自生思考(という名の自分や他人を批判する声。幻聴ではない。思考のチックに近い)
・フラッシュバック
・摂食障害
・呼吸の浅さ、絶え間ない身体の緊張
・不眠。不眠!!!
いまでは8時間、健やかに寝ています。
・躁うつ的な行動が止まり、ブレーキとアクセルがつくようになった。
…以上である。たぶんもっとあるけど。
他にも対人関係における完璧主義、潔癖さなどがなくなりよくも悪くもへらへら生きられるようになった。
何故ここまで改善したのか。
以下、専門書は読みかじったものの素人の意見である。参考までにお読みいただきたい。
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投薬、カウンセリングは控えめ程度だった。
何よりの薬は、「自分で決め」「行動を起こした」ことだと思う。自分が回復しないのは、太っていて、働いてなくて、金がなくて、友達が少なくて、そういうの全部改善すれば自然と回復すると思っていた。
でも、違った。
今の自分を受け入れた上で、少しずつ行動を起こした。一番大きかったのは親と縁を切ったこと。恵まれない家庭だった。兄から性被害を受ける、それが傷として残る。根本の家庭環境に歪みがないわけがない。
それを認めて、他人を頼ることから始めた。無力でも無職でもしゃーない、と割り切れるようになった。
皮肉にも、「他人を頼った結果できたこと」が増えるほどに回復していったのだ。
なぜか。
それは複雑性PTSDとは裏切りの傷だからである。
…うん。ここらへんでいいんじゃなかろうか。800字書いただけで疲れてしまった。
最近はマンガを描いてます。人生最高に楽しいです。
描いては応募して、を繰り返しています。
寛解と言ってよいのだろうけど、とりあえずは警戒を怠らず病み上がりくらいのテンションで自分を甘やかしていきたいです。
それでも、ここまでは来れる、回復し得るということは書いておきたかったです。
読んでいただいてありがとうございました。
あなたの夜が、明けますように。