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山田五郎のアンリ・マティス解説が分かりやすい! 〜なぜマティスはフォーヴィスムと呼ばれた?〜

東京都美術館で『マティス展』が開催されていますよね(8月20日まで)。わたしも行ってきて、記事を書かせてもらいました。

アンリ・マティスの代表作が多く見られる大充実の展覧会で、行って良かったぁっと思わせられると同時に、一気にマティスの世界に惹きつけられました。

ただし、一つモヤモヤしていることがあるんです。

それはアンリ・マティスが「フォーヴィスム(野獣派)」と呼ばれていたことです。展覧会へ行く前に、Wikipediaなどを読んで予習をしていました。その時に「なんでフォーヴィスム(野獣派)って呼ばれていたんだろ? ぜんぜん野獣っぽい絵を描いていないよなぁ。それにマティスのフォーヴィスムを代表する作品って、どれなんだろう?」って思いました。

それで「展覧会に行けば、その疑問も解けるはず!」と思いつつ、展覧会を巡ったわけです。そうしたら、ものすごく驚いたんですけど……その疑問は一切解消されることなく終わりました

あれぇ…おかしいなぁ、どれがフォーヴィスムな作品だったんだろう? なんで野獣派だったんだろう? って、記事を書きながら、展示カタログも確認しましたが……明確な答えがないんです。あれだけマティス=フォーヴィスムと言っているのに……。結論としては「これ、美術の専門家でも分かってねぇで使ってる言葉じゃないか?」って思いました。

アンリ・マティスは、「強烈な色彩によって美術史に大きな影響を与えたフォーヴィスム(野獣派)の中心的な存在として活動(東京都美術館WEBサイトより)」としつつ、なぜそう呼ばれて、どこらへんがフォーヴィスムだったのか、まったく解決しないという……。

ということで、「マティス フォーヴィスム」でGoogle検索すると、そのあたりの、モヤモヤ感が増すばかりです。最終的には「マティスをフォーヴィスムという枠に入れなくてよくないっすか?」と思うんですよね。まぁ同時代でよく比較されるピカソの「キュビズム」という言葉の対にするのにちょうどいいから「マティスのフォーヴィスム」って言っている「だけ」なんだろうなぁと。どうでもいいカテゴライズだなと。

まぁでも「美術史」という学問の中では、マティスを語る際には、やはり「分類」しないといけないんでしょうね。おそらく自然科学分野で、カール・フォン・リンネが生物分類を体系化し、「学問とは分類すること」としたことが美術史でも重視されてきたんだろうなと。

とはいえ素人からすれば、無理な分類を覚える必要は全くないんですよね。「野獣派のマティス」としてマティス展へ行ったら、その言葉のイメージから想像していた絵とは全く異なる絵が並んでいるんですから。声高に「野獣派のマティス!」と連呼している意味が不明です。

そう思いながら過ごしていたら、先週の『オトナの教養講座』で、山田五郎さんが解説してくれていました。

特に美術界では、山田五郎さんの美術解説に関しては、もしかすると賛否が分かれるところかもしれません。でも、素人鑑賞者のわたしからすると、とてもおもしろく分かりやすいです。

今回のお題は「ピカソのライバル?! 野獣派マティスとは?」というタイトルの他に、副題として「アンリ・マティスはなぜ『野獣派』と呼ばれたか?」とあります。

そして山田五郎さんが、アンリ・マティスがフォーヴィスム(野獣派)と呼ばれる所以として挙げたのが、1905年のサロン・ドートンヌ(秋のサロン)に出品した《The Green Stripe》。これは調べればWikipediaにも載っていることです。

そして、この時にアンリ・マティスが出品したのが、以下の3つの作品でした。

アンリ・マティス《The Green Stripe》1905年・40.50 × 32.5 cm・コペンハーゲン国立美術館蔵
左:アンリ・マティス《開いた窓》1905年・ナショナル ギャラリー オブ アート
右:アンリ・マティス《帽子の女》1905年・サンフランシスコ現代美術館

「1905年、パリで開催された展覧会サロン・ドートンヌに出品された一群の作品の、原色を多用した強烈な色彩と、激しいタッチを見た批評家ルイ・ボークセル: Louis Vauxcelles: Louis Vauxcelles)が『あたかも野獣(フォーヴ、fauves)の檻の中にいるようだ』と評したことから命名された」(Wikipediaより)

さて……この3作品を見て「たしかに野獣っぽいな」と思う人がいますかね?…… と、誰もが思うでしょうし、思うからこそ「アンリ・マティス=フォーヴィスム」と言いつつも、「なぜフォーヴィスムなのか?」を明確に説明してくれないのでしょう。

山田五郎さんは「これが(1905年のサロン・ドートンヌの展示室の)同じ部屋にあったわけだよ。マティスとかルオーとかマルケとかのね。で、これよりも1か月前、これ11月4日頃なんだけども、 10月17日のジル・ブラスっていう新聞で、ルイ・ヴォークセルっていう評論家が、この部屋がね、もう野獣の檻みたいだ……原色の氾濫だって書いてあったと思うんだけども、この原色のさ、もうこういう、まぁ、その強い色が氾濫してるのを野獣の檻に例えたわけですよ。で、野獣がフォーヴ、フランス語で。で、結局そっからフォーヴィスムっていう名前が生まれたんですよ」と語っています。ここまでが美術の教科書どおりの答えなのでしょう。

そう解説されても、「だからなんでアンリ・マティスの絵が『野獣』なの!?」と思いますよね。山田五郎さんも、そう思っていたと言っています。

「まぁ実際そんなに野獣っぽくないんだよ。でさ、これ、俺の想像なんだけどさ、原色の氾濫ってね、こういう作品があって、それが原色だからってね、“野獣”っていう言葉が出るか?っていうのがあって、 なぜヴォークセルは野獣と……これをフォーヴと呼んだんだろうみたいな……前から引っかかってたんだよね。で、この1905年のサロン・ドートンヌのさ、出品のあれ見てたら、 そうだ! と思ってさ。1905年のサロン・ドートンヌって、アンリ・ルソーが初めて出品した年なんだよ。で(ルソーが出品したのが)、イノシシみたいなやつが襲われてる絵なんだよ、それ。それで、それが割に近いところにあるんだよ(展示されているんだよ)。で、ルソーも色彩、たいがいカラフルじゃん。そのイメージなのかなっていうような気もするんだけどね。まぁとにかく、フォーヴィスムと呼ばれて……」

そしてアンリ・ルソーの「イノシシみたいなやつが襲われている絵」というのが、《飢えたライオン》です。

アンリ・ルソー《飢えたライオン》1905年・バイエラー財団蔵

ちなみに、山田五郎さんの『オトナの教養講座』のマティス回の主題は「なぜマティスはフォーヴィスムと呼ばれたのか?」ではありません。あくまでマティスの作品の変遷を解説している中で、フォーヴィスムと呼ばれた理由について解説しているだけです。ただし、わたしがマティス展を見て「え? なんで誰も納得のいく理由を解説せずに、マティス=フォーヴィスム的な言い方をしまくってるの?」というのが気になって仕方なかったために、その点だけを抜粋引用して今回のnoteに記しているだけです。

ということで、『オトナの教養講座』のマティス回は、前後半の2回に分けられて配信されたのですが、後半でも、山田五郎さんはこの問題について触れています。

この後半回でも山田五郎さんは「まあマティス……そのフォーヴィスムの旗手って言われたんだけれども……こういう絵でね(《赤の大きな室内》1948年)……マティスはフォーヴィスムの代表画家か?っていうそもそもの疑問があるわけですよ」と語っています。そうとう「フォーヴィスム」という言葉に疑問を抱いていることがわかります。

そして評論家のルイ・ヴォークセルが、なぜフォービスム=野獣主義と呼んだ理由を「原色の氾濫」と「荒々しいタッチ」としています。ただし……

「マティスって原色は原色でも決して荒々しい感じはしないでしょ。これにしたって、そんな荒々しいかっていうと、例えば仲間のルオーとか、あるいはブラマンクとかに比べて荒々しくはないんだよ、決して」

さらにアンリ・マティス自身が1908年に出版した『画家のノート』で記した文章を引用し「原色はともかく、荒らしさっていうのは、はっきり否定してる」のだと語っています。

私が目指すのは均衡の取れた純粋で穏やかな芸術である。頭の疲れを取る鎮静剤や、体の疲れを癒す心地良い肘掛け椅子のような絵画がである。

二見史郎翻訳『画家のノート』みすず書房

山田五郎さんは言います「この心地良い肘掛け椅子のような絵画っていうのは、マティスを形容するときによく言われる言葉になっていくんだよ。だから決して、感情を高ぶらせるような荒々しい絵をマティスが書いたことは一度もないんだよ。フォービズムと言われてるさなかにおいても」。

ということで、山田五郎さんは「アンリ・マティス=フォーヴィスム」というのは、誤りだというニュアンスで語っています。

これを見て、とてもスッキリしました。やっぱりアンリ・マティスはフォーヴィスムの画家なんかではないと。

おそらくは、同時代のライバルであり友人でもあるピカソ=キュビズムと対比して語るために、マティス=フォーヴィスムという言葉を、美術界では使い続けているだろうなと。これはわたしの想像ですし、そう対比した方が面白い! というのは十分に理解できるので、否定するものではありません。ただし、マティス単独で語る際には「フォーヴィスムのマティス」とする必要は、全くないんじゃないかなと……東京都美術館のマティス展を見ての感想です。全く「フォーヴ」ではないし、マティスが語るように「見ていて心地よい絵」ばかりでしたからね。

ちなみに『オトナの教養講座』の後半回では、「マティスの絵って、ぜんぜん荒々しくない」とか「他のフォーヴィスムの画家とは根本的に違う」という話をした後に、マティスのキュビズムに刺激された絵の話へと移っていきます。

今日も上野公園へ……東京国立博物館へ行ってきましたが、とぉっても混んでいました。おそらく東京都美術館の『マティス展』へ出かける人たちも多いでしょう。行く前に『オトナの教養講座』を見ておくことをおすすめします。これを見た後に『マティス展』へ行けば、アンリ・マティス絵画への理解がググッと深まるはずです。

と……もやもやが解消したことでうれしくなり、ここまで勢いよく記したものの……「なにを今さら」的なことであれば恥ずかしいですね……。

【展示会概要】
・会場:東京都美術館(東京・上野公園)
・会期:4月27日(木)~8月20日(日)
・休室日:月曜日、7月18日(火)
 ※ただし、5月1日、7月17日、8月14日は開室
・観覧料:一般2,200円/大学生・専門学校生1,300円/65歳以上1,500円/高校生以下無料
・開室時間:9:30~17:30、金曜日は20:00まで

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