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完成度は本物以上……かもしれない、美しすぎる装飾経『平家納経』を観てきました@東京国立博物館
広島・厳島神社に所蔵されている国宝《平家納経》は、平清盛(1118~1181)が平家一門と共に制作し、平安時代・長寛2年(1164)に厳島神社へ奉納した『注華経』ほか全33巻の経巻です。そのほとんど全てに金銀箔が散らされ、極彩色の下絵や文様が施されていて、表も裏も豪華に荘厳された装飾経の代表作です。
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一度は本物を観てみたいとは思いますが……まぁ観られなくてもいいかな……なんてふうにも思います。なぜかと言えば、その模本(偽物)が、東京国立博物館(トーハク)に展示されているからです。模本とはいえ、展示されているのは大正9年(1920)に、厳島神社宮司の依頼を受けて、模本制作の第一人者である田中親美(ちかよし・茂太郎、1875~1975)が家族や弟子と協力して、5年の歳月をかけて見事に作り上げたものです。トーハクの解説は、その“模本の素晴らしさ”を下記のように記しています。
また、親美は、原本の筆を動かす速さまで計算したかのように自然な筆遣いで経文を書写しています。平安時代に平清盛が結集した美意識の塊を、800年以上の時を超えて田中親美がすべて再現した至宝の一品です。
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これまで模本の素晴らしさを、何度かnoteに記してきましたが、なんといっても、“おそらく”本物にかなり近いものであること。そしてトーハク所蔵の模本は、原本を所蔵する厳島神社からの依頼で5年をかけて制作されたものだということ。さらに制作したのが、田中親美さんだということ。
もうね……田中親美作の模本……ではなく、田中親美作の《平家納経》と言って良いと思います。
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田中親美さんについては、以前『遊行上人絵伝』を紹介したnoteで紹介たことがありました。同絵伝をトーハクに寄贈したのが、田中親美さんだったんです。
田中親美さんは、美術研究家であり日本画家であり書家でありつつ、料紙製作者なんです。また「古筆研究家」と紹介されることもあります。
若い頃から、国宝『源氏物語絵巻』をはじめとする模写に携わり、明治30年代には、国宝『本願寺本三十六人家集』の模写と、装飾料紙の模造を行ないます。そして経験を積んでいった後の大正9年(1920)に、広島・嚴島神社からの依頼で制作されたのが、『平家納経』の模本だったのです。(実際には、依頼を受けた高橋箒庵(たかはしそうあん、義雄、1861~1937)と益田鈍翁(ますだどんおう、孝、1848~1937)が田中親義さんに発注)
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田中親義さんが制作したものは、まず嚴島神社に全33巻が奉納されました。さらに数組を制作して益田鈍翁と、資金援助を行なった大倉家(現在は大倉集古館蔵・大倉本)、安田家に納められたそうです。
トーハクに所蔵されているのは、その中の益田家伝来模本(益田本)です。
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前述の通り、大正14年(1925)に完成した一組33巻が、嚴島神社に奉納されました。同時に制作したもう一組33巻を、田中親美が手元に残します。その手元の一組から、さらに複製したのが益田家旧蔵の一組(益田本、トーハク所蔵)と、大倉家旧蔵の一組(大倉本、大倉集古館所蔵)です。
さらに別に制作した「厳王品」1巻のみが、松永耳庵(安左エ門、1875~1971)へ渡り、こちらもトーハクへ寄贈されました。
なおトーハクには、田中親美さんが模写する以前の、明治15〜17年に長命晏春、多田親愛ほかによって制作された模本『平家納経』も所蔵しています。こちらも以前noteで記しましたが、とても素晴らしいものでした。
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いずれにしても模本は「本物ではない」ということで、原本(本物)に比べて、格段に不人気です。その分、細部までじっくりと観られるのもメリットの一つです。
2023年3月4日現在もトーハクでは、『松林図屏風』や『納涼図屏風』、『花下遊楽図屏風』、『観楓図屏風』の複製品が展示されています。いずれも原本は国宝指定され、めったに展示されない貴重な作品。また展示されても多くの観覧者をかき分けないと観られないものです。もしトーハクへ行く機会があれば、観ておくことをおすすめします。
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