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「Don’t think, just do.」できた

11月13日のこと。

昨日とほとんど同じような気持ちの良い天気の朝だった。昨日とほとんど同じように良い気分で駅に向かった。昨日と同じく、パートへ行くためだ。

昨日と違ったのは、電車の中に氷結を飲んでいるおじさんがいないことだった。少しホッとしながら座席に腰を下ろすと、私の右隣ひとつ空けた席で熟睡している女性が目に入った。

半分横になるような体勢で熟睡する様子から、彼女はお酒が入っているんだろうなと察した。
時間は朝の10時過ぎ。
かなり熟睡している様子だが、何時から乗っているのだろう。

私が通勤で使うその電車は、始発から終点まで6駅しかない。6駅を15分足らずで折り返し運行しているローカル線で、彼女の熟睡っぷりだときっと寝たまま何往復もしているんじゃないかと想像し、「ドンマイ若者、無事に帰れよ」と心の中でエールを送った。

それから私はスマホに目を落とし、UNIQLOのパフテックジャケットを買おうかどうかと悩んでいた。

次の駅に到着すると、熟睡していたはずの女性が立ち上がってフラフラと私の前を通過し、ドアから出て行った。なんだ、ちゃんと起きれたじゃん良かった良かったーと思いながら彼女が座っていた座席を見ると、黒いカバンが置かれていた。

え?
えっ?これって?

そうか、酔ってるからカバン置き忘れたのか!と理解するのに1〜2秒かかってしまった。

私は慌てて立ち上がり彼女のカバンを手に取り、ドアから出ようとした。すると、彼女の向かい座っていた男性が「携帯!携帯も忘れてる!」と座席を指差した。見ると確かに携帯も置きっぱなしだ。私も慌てすぎていたので気が付かなかった。

「ありがとうございます!」と、自分のじゃない携帯を手に取って電車の外に出た。彼女はふらふらと歩きながら、改札口へ向かって歩いていた。

「すいませーん!コレ!カバンと携帯!忘れてますよ!」と小走りで近づいて声を掛けると、彼女は振り返り、半分しか開いてないない目で「えっ?なに?」と言って立ち止まった。

「これ、忘れてましたよ!」
「えっ?あ、これ私の」
「置き忘れてましたよ」
「あぁ…ありがとうございます…」

彼女はイマイチ状況が理解できていないという感じで突っ立ったまま、すぐに荷物を受け取ろうとしない。

いや、私もう電車に戻らないといけないから早よ受け取ってー!と、彼女に近寄って半分強引に荷物を渡しているそのとき、

「ドアが閉まります、ご注意ください」

私の後ろで、電車はドアを閉めてガタンゴトンと音を立てて走り去って行った。

ファーーーー
まじかよーーー

とりあえずちょっと強引めに渡した携帯とカバンを受け取った彼女は、やっと状況が分かったようで「ありがとうございます!ありがとうございます!」と何度も言い、さっきより少しだけシャキッとした様子で改札口へ歩いて行った。

彼女の後ろ姿を見送りながら、私は謎の達成感を感じていた。

電車は1本遅れることになったが、私はいつも無駄に1本早い電車に乗っているので、次の電車でもパートにはギリギリ間に合うのだ。

そんなことより、泥酔して貴重品全てを失くして絶望する人を1人減らせたことが嬉しかった。

いい人ぶっているのではない。
何を隠そう私はその絶望を、少なく見積もって27回は経験しているからだ。分かる人には分かるだろうし、分からない人には分からないだろう。財布も携帯も両方同時に失くすあの絶望。だから、それを救えたことがシンプルに嬉しい。

次の電車に乗り、すごくいい気分でパートに向かった。私、どう考えても良いことをしたなと。あれが大きなお世話ってことはないだろう。

それより何より、考える前に咄嗟に動けたことが嬉しかった。

というのも、2年ほど前、シチュエーションは違うが「なんで私はすぐに動かなかったんだろう…」と後悔したことがあったから。

2年前。
今の家に引っ越す前のこと。

今とは別の幼稚園に、長男は毎日バスで通っていた。同じバス乗り場には他に3人の子が来るので、そのママやパパたちとは少しだけ仲良くなっていた。

ある日、いつものように子供たちがバスに乗ったバスを見送っていると、1人のママが「あーっ!お弁当渡すの忘れちゃった!!」と言った。

彼女には3人の子供がいる。下の子を抱っこ紐で抱っこして、もう1人の子とは手を繋いでいる。バスに乗り込んだ上の子に渡すはずだったお弁当が、もう片方の手にぶら下がっていた。

200メートルほど先に、次にバスが停まる乗り場があるし、見える距離だから走れば間に合うかもしれない。そう思った。

しかし彼女は子供を抱っこしていて、走れるわけがない。私が行くか?
もう1人のママは…サンダル履いてるしダッシュしたりするタイプじゃなさそう。でも私も次男を連れているし…いや、ほんの少しの時間だから、次男は他の人に見ててもらえばいいか。いやでも…

時間にしたら1〜2秒の間に、いろいろな考えが巡った。そのとき、「僕が届けてきます!」と1人のパパがお弁当を手に取って走り出した。

そこのご家庭は、普段はママが来ることが多いが、ときどきパパも登場する。いかにもスポーツができそうなタイプだったが、すごい速さで走って次のバス乗り場に到着し、お弁当を渡しているのが遠目に見えた。

良かったー!

戻ってきたパパさんを皆で讃え、良かった良かったと喜んでから解散したが、家に戻りながらある言葉が頭の中でぐるぐると回り、暗い気持ちになっていた。

「Don’t think, just do.」
(考えるな、行動しろ)

この日の2〜3日前、私は映画館で「トップガン  マーヴェリック」を観た。その中でトムクルーズが何度も言うセリフが「Don’t think, just do.」だ。

とても印象的で心に残っていたのだが、こんなにすぐそのセリフが刺さる日が来るなんて。

私は考えてしまって、行動できなかった。
たかが弁当ひとつ届けるために走ることぐらい、考えるまでもなさそうなのに。

映画を観たばかりで、そのセリフも新鮮に刺さっていたタイミングだったからか、とにかくその日は落ち込んだのを覚えている。

それから2年が経ち、違う土地、違うシチュエーションで、私はあのときのリベンジを果たすことができた。

考える前に、行動できた。

それが何よりも嬉しくて、1日ずっと気分が良かった。

夜になってもまだ気分が良くて、お酒を飲みながらAmazonプライムビデオで改めて「トップガン  マーヴェリック」を観た。

やっぱり最高だった。
いやー最高。

座右の銘というものは特に持ち合わせていないが、良いかもしれないな、「Don’t think, just do.」って。


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ハッカ・ナカソネ
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