残念の向こう側/連載エッセイ vol.50
※初出:知事認可・岩手県カイロプラクティック協同組合発行、「ほねっこくらぶ通信 vol.52(2009年6月)」掲載(原文ママ)。
我が『ほねっこくらぶ通信』でも、昨年あたりから『マイオセラピスト』の記述が増え始めている事に、熱心な読者で気付かれている方は多いかと思う。
詳細は表面に譲るとして、お蔭様でと言うか、私のクリニックにもボチボチとではあるがインターン生が出来始めた。
『インターン』という言葉の如く、当然ながら院のオーナーとしてそのフォロー体制を整備せねばならず、忙しいながらも、自分がこの業界に入りたての時の新鮮な気持ちを思い起こし、日々奮闘させて貰っている。
今回は、そのインターン生のフォローイベント関連のお話である。
M市を中心に活動するインターン生S氏が、その日セッティングしたイベントは、M市T区のK公民館が開催する高齢者向け講座での講演会。
その公民館ではその講座に、民間講師を迎えるのが初めてということで、市への申請時に若干のゴタゴタが心配されたが、そこは『知事認可組合』の看板と、担当者の熱意によって何とかクリア。
無事に当日を迎える事となった。
公民館に着くなり、まずは会場チェック。
これまで地元S町にて同様の講演を何度も経験してきているので、内容に何ら不安はないのだが、問題は『ハコ』の方。
映像や音響の環境、室内の広さや明るさ、参加者の座り位置など、それらによって講演の展開を微調整しなければならない為、演者としては一番気にしなければならないポイントである。
案の定、今回の会場設定には参加者の座席に特徴があり、講演後の懇親会に対応する為、演者に対して90度の位置で設置された机と椅子に向かい合って座る形態となっていた。
つまり、参加者は演者の方を向こうとすれば身体をネジってステージ方向を見るか、もしくは机を無視して向き直らなければならない。
また、その机と椅子もかなり密集して置かれている。
こうなると、私得意の『身体を動かす講義』や『描きモノをする講義』が出来ない訳で、然るに『マシンガントーク』のみで押し切る必要が生じる。
高齢者相手にこの手法は極力避けたいが、致し方ない。
講義内容を黙してイメージする私をよそに、会場は徐々に参加者で埋まってきた…。
いよいよ開演の時間。
公民館長による丁寧な紹介の後に呼び出される。
約150名の参加者は、演者が予想外に若輩である事と、正面に据えられた全身骨格模型が奇異に映る事に、若干様子伺いの表情。
その骨格模型に近寄り、開口一番に私…
『これ…気持ち悪いですか~?
大丈夫ですよ~…。
皆さんの身体の中に間違いなく入ってますし…
…間もなくこの姿になる方も
皆さんの中には
いらっしゃるでしょうから……!!』
会場
『……どっ!!(笑)』
そんな訳で、試行錯誤がありながらも講演は無事終了。
公民館長から頂戴した…
『こんなに事後アンケートの回収率がいいのは
初めてだ』
…という言葉が象徴するような出来栄えであった。
すっかりご満悦な私は『自分へのご褒美』という事で、帰りの道すがら美味しい料理でも食そうと思い、セラピストS氏に尋ねる。
すると願ったり叶ったり、近くにイタリア帰りのシェフがいるピザ屋が!!
CA(カイロプラクティックアシスタント)のH女史を含めた一行は喜び勇んで車を走らせた。
そのドライブが予想外に長距離となる事も知らず…。
目的のリストランテは帰りの国道沿いにあった。
やや遅めではあってもまだ昼時。
たいへん混み合うと聞いていたが、ラッキーな事に駐車場は空車。
S氏の大型ワンボックスを横付ける。
そして入り口を臨んだ時、私達は『空車』の原因を知るのであった…。
『本日休業』…。
『残念1』。
気を取り直して、更なるリサーチをS氏に要求。
するとすぐ近くに同じくピザ屋がある事が判明。
『名店の近所で営業している位だから
そこそこイケるのでは…』
淡い期待を胸に、車を走らせる事、数分。
バッチリ営業中にも拘らず駐車場はバッチリ空車。
店の入り口まで到る歩道には、何故か石橋と溜池と錦鯉…。
『これ…明らかに以前は和食屋さんよね…。』
微妙な表情のまま入り口をくぐる。
店内はやや大造りなものの到って普通。
店主の表情は柔和。
『コレ案外、大丈夫でない?』
運ばれてきたパスタとピザを食する…。
『ウム…頑張っている…
…頑張ってはいるが……。』
その後、テーブルから料理に関する話題が一切消えた事から、読者の皆さんにはご推測願いたい。
私はあまりに忍びなく、支払いを自分に任せるよう一同へ申し出たのだった…。
『残念2』。
アンニュイな雰囲気漂う車内の空気を一掃すべく、帰りのルートを大きく膨らませて、春を迎えたK農場を通り抜ける事を提案。
一同了承。
天気はやや雲がかっていたものの、長い冬を乗り越えた緑の胎動を感じさせる景色は魅力十分で、車内のテンションは上向き気味。
その勢いを借りて、このまま映画やドラマで有名になった『一本桜』まで足を伸ばす事に決定…。
そして…懸命な読者の皆さんであれば、もう予想はつくであろう…。
平地では既に桜はピークを越え、散り始めてさえいるのに…。
他にバス旅行の団体客だって大勢見に来ていたのに…。
先程の忌まわしい記憶さえ霞みかけていたのに…。
まだ当分開花する気配もなく孤独に佇む桜を呆然と見つめる私達に、降り始めた小雨が追い討ちをかけたのだった…。
『残念3』。
使い古された表現ではあるが、人間には2種類ある。
あまりに『残念』が続いた場合…
『今日は日が悪いみたいだからまたの機会』
…と切り替える人間。
そして…
『こうなったら意地でも当たりを引いてやる』
…とドツボを承知で挑み続ける人間…。
私達は『後者』であった…。
『よくラジオで名前が挙がる山奥の釜焼きピザ屋が
この先にあるらしい』
…とS氏。
『私もなんか聞いたことがある』
…とH女史。
そして指揮官たる私は口を開いた…。
『行きましょう!!』。
行程が既に『講演会のお疲れさん会』から逸脱している事だって
場所さえアヤフヤなその店に辿り着けない可能性がある事だって
そして何よりも
不本意ながら数十分前に済ませた昼食のせいで既に満腹な事だって
全員もちろん気付いていたのである。
ただ私達は勝ちたかったのだ…。
『残念×3』という『運命』に…。
そして自分達自身に…!!
結論から述べると…私達は案外あっさり『残念』に打ち勝ち、数十分後には名物『バッケ(ふきのとう)ピザ』に舌鼓を打っていた。
満足である…非常に満足である。
洒落にならない位に膨らんだ腹をさすりながら店を後にする一行。
この一件を通してクリニックのチームワークが深まった事に感銘を受けながらも、私は胸中にそれとはまた別の思いが交錯するのも感じていた…。
『既定事項的に支払いは俺なのね…やっぱし…。』
『残念×4(笑)』
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