
【創作】ぼく、しってるもん
あさです。
そうたくんは、おふとんのなかから、そぉっとかおをだして、カーテンのすきまをみつめます。
今日は、おひさまがきらりと、そうたくんの目にとびこんできました。
おかあさんがキッチンで目玉焼きをつくる音のすきまから、雨の音は聞こえるでしょうか。
そうたくんは耳をすませて、目をとじます。
雨の音は、聞こえません。
(きょうは、はれだ!ぼく、しってるもん!)
そうたくんはこころのなかでつぶやいて、おふとんをはねのけて、おきあがります。
「そうた、おはよう。」
「おかあさん、おはよう。きょうは、はれ、でしょう?ぼく、しってるもん!」
「そう、今日ははれだよ。そうたはなんでもよくしってるねえ。」
そう言うと、おかあさんは、きれいにやけた目玉焼きを、つるりとおさらのうえにおいてくれました。
「そうた、おはよう。」
「おはよう、おとうさん。今日は、はれ、だよ!それから今日はかようび、だから、もえるごみの日!」
「大せいかい。そうたはなんでもしってるね。」
そう言いながら、おとうさんはげんかんにごみぶくろを置きに行きました。
そうたくんはこころのなかでもういちど、つぶやきます。
(そうだよ、ぼく、しってるもん!)
「それじゃあみんなでたべようか。」
おかあさんのいつものかけごえで、あさごはんのスタートです。
おとうさん、おかあさん、そうたくん、3人そろって、せーの。
『いただきます!』
あさごはんをたべおえると、おとうさんもおかあさんもおしごとのじゅんびです。
かばんをがちゃがちゃ、おようふくをがちゃがちゃ、かみのけをがちゃがちゃ、おとなはたいへんです。
「ふぇ・・・・ふぇぇぇ・・・・」
あらあらたいへん、ももちゃんが泣いています。
そうたくんは、ももちゃんがなくと、すぐにももちゃんのもとへむかいます。
ももちゃんは、そうたくんのいもうとです。
まだうまれたばかりの、あかちゃんです。
きょねんの7月にうまれたばかりの、7ヶ月の、おんなのこ。
「おかあさん、ももちゃんが泣いてるよ!」
そうたくんは、そう言いながら、ももちゃんのおしりのにおいをくんくんかぎます。
「おかあさん、ももちゃんうんちはしてないよ!」
おしごとのじゅんびがおわったおかあさんは、すぐにももちゃんのもとへやってきます。
「なーにないてるの、もーもちゃーん。もーもちゃーん、もーもちゃーん、みんなでそろそろしゅっぱつだー」
おかあさんは、リズムをつけてうたいます。
なーにないてるの、もーもちゃーん。もーもちゃーん、もーもちゃーん、みんなでそろそろしゅっぱつだー!
ときにはそうたくんもいっしょにうたいます。
『なーにないてるの、もーもちゃーん。もーもちゃーん、もーもちゃーん、みんなでそろそろしゅっぱつだー!』
こうしてみんなのじゅんびがおわったら、ぜんいんそろって出発です。
そうたくんちのあさは、いつもこうしてはじまります。
さて、きょうはどんないちにちになるのかなあ。
(きょうもいるかな?)
そうたくんはこころのなかでつぶやきます。
(きょうもきっといるぞ。)
なにがいるのでしょう?
(ほら、やっぱり、いた!)
それは、ちゃいろとしろの2色がまじった、ねこです。
このねこは、そうたくんが「まじょのおようふくやさん」とよんでいるおみせのまえに、かならず、います。
なんで「まじょのおようふくやさん」なのかって、おみせのなかは、そとからみるかぎり、おようふくがやまもりなんです。
そんなおようふくのやまからのっそりとおんなのひとがでてきたときに、そうたくんはしんぞうが口からとびでるほどおどろいたのでした。
(あのひとは、ぜったいに、まじょだ!)
そうたくんは、おんなのひとをひと目みたときから、そうおもいました。
(ぼくだけがしっている、このまちのひみつ。ぼくだけ、しってるんだもん。)
きょうもねこはおみせのまえで店番です。
まじょのすがたはありません。
まじょはきっとあさひによわいのです。
そうたくんはそう信じているので、ねこをなでることも、へっちゃらです。
(ばいばい、もうがっこうに行かなくちゃ。みせばんよろしくたのんだよ。まじょはあさはおきられないんだからね。)
そうたくんは、ねこにそうおねがいして、がっこうへの道をかけてゆきました。
そうたくんは、小学校の1ねんせい。
こんどの春で、2ねんせいになります。
いろんなかんじもおぼえたし、けいさんだってがんばります。
きゅうしょくはいつものこさないし、たいいくもずこうも、ちょっとつかれるけど、がんばります。
みんなは春から2ねんせいになることに、そわそわ、わくわくしているようでした。
じぶんよりもちいさなこが、小学校にやってくる。
5ねんせいや6ねんせいのおおきなひとたちにはかなわないけれど、ちいさなこがはいってくれば、ぼくたちも、わたしたちも、すこしだけ、お兄さんや、お姉さんになるのです。
でもそうたくんは、そんなにどきどきわくわくしていません。
むしろ、どっしり、ずっしり、教室中のだれよりもおちついているようです。
なぜって?
だってそうたくんは、もう、「ももちゃんのおにいちゃん」を、すっかりやっているからです。
ももちゃんがはじめておうちにきた日、ももちゃんとそうたくんがはじめて出会った日、この日のことを、そうたくんはいっしょうわすれないとおもっています。
おかあさんに、だいじにだいじにだっこされてきたももちゃんは、ふわふわのタオルケットのなかで、すぅすぅと、ねいきをたてていました。
「そうた、ももちゃんだよ。これからよろしくね。」
おかあさんがそうたくんのみみもとで、ちいさなこえで言いました。
そうたくんは、ももちゃんのほっぺたに、そっとふれてみました。
それはふにゃふにゃで、ちいさくて、なんだかあまいにおいがしました。
そうたくんにとって、はじめて出会ったももちゃんは、まだおとこのこでもおんなのこでもなくて、あかちゃん、といういきものなんだというきもちになりました。
(ぼく、ももちゃんの、おにいちゃんに、なったんだ)
(ぼく、あかちゃんのこと、なんにもしらない!これは、いちだいじだ!)
この日から、そうたくんは、ももちゃんにいつでもべったりになりました。
だってそうたくんは、しりたかったのです。
どうしてももちゃんは泣くんだろう、どうしてももちゃんはわらうんだろう、どうしてももちゃんはまだ立てないんだろう、ももちゃんはなにをたべるんだろう、ももちゃんはなにをのむんだろう、そうたくんがしっていることはひとつもありませんでした。
そしてももちゃんも、そうたくんのしっている「おんなのこ」にちっともみえなくて、ただただちいさくて、よく泣いて、よく飲んで、よくおこって、よくわらう「あかちゃん」なのでした。
ももちゃんとべったりいっしょにいたそうたくん。
いまではももちゃんがなにをしたいのか、なんとなくわかります。
これはミルクかな?これはうんちかな?これはあそんでほしいのかな?
ももちゃんが泣くとびゅんとひとっとび、お兄ちゃんの出番です。
そんなまいにちをおくっているそうたくんは、たぶん、みんなよりすこーしだけさきに、「お兄さん」になっていたようでした。
そうたくん、じつは今日のこくごのじゅぎょうをとってもたのしみにしていました。
かんじをおぼえるのはつかれるけれど、音読はだいすき。それからもうひとつすきなものが、そうたくんには、あるんです。
それは、そう、作文です!
今日のこくごは、作文をかくじゅぎょうなのでした。
なにをかくのか、せんせいは、こう言ったのです。
「じぶんにとって、たいせつだとおもうものを、じゆうにかきましょう。」
(みんなは「げー」っていやがるけれど、ぼくは作文、ちょっとすきなんだ。)
(作文なら、ぼくのしってるいろんなこと、すきにかいていいんだもん。すきにかいたら、おかあさんほめてくれたし、おとうさんもほめてくれたし、おばあちゃんもほめてくれたから、だから、ぼくは、作文が、好き。)
そうたくんは、今日、このじゅぎょうでなにをかくのか、もうとっくにきめていました。
だっていまのそうたくんにとってのたいせつなものって、たったひとつしかないのです。
それはもちろん、いもうとの、ももちゃん!
そうたくんは、ももちゃんのことをいっしょうけんめいかきました。
タイトルは、「たいせつなももちゃん」にしました。
ももちゃんはまだ字がよめないから、かえったら聞かせてあげようとおもいました。
ももちゃんがおうちにきた日のこともかきました。ミルクをのんでいるももちゃんも、これはちょっといじわるかなっておもったけど、うんちをしちゃうももちゃんも、かきました。かくことがいっぱいで、さいごのほうは、げんこうようしのマスが足りなくなってしまいました。
だから、マスからとびだして、しろいぶぶんにも、かきました。
そうたくんは、これはとってもすばらしいものがかけたぞ、と、ひとりでニヤニヤしました。
ももちゃんにはやく聞かせてあげたいな。まだよくわからないかなあ。
おかあさんとおとうさんにももちろん聞かせないといけないなあ。
ああいそがしい、いそがしい。
おうちにかえってからのたのしみで想像がふくらんで、こころがはちきれてしまいそうでした。
(きっとみんなよろこんでくれるぞ。もしかしたらほめてくれるかもしれないぞ。)
そうたくんはむねいっぱいのわくわくをかかえて、下校のじかんまでじゅぎょうをがんばりました。
「ただいまー!」
学童からかえると、おかあさんとももちゃんはもうおうちにいました。
「そうた、おかえり。」
おかあさんがちいさなこえでささやきます。
これは、ももちゃんがねている、という合図です。
そうたくんはそっとこえをひそめて、いいました。
「きょうはおしごと、がんばったでしょ?ぼく、しってるよ。」
テーブルのうえには、スーパーのコロッケやからあげがパックのまま置いてありました。おかあさんがしごとでいっぱいがんばった日は、だいたいスーパーのコロッケやからあげを夕ごはんにたべます。
「そう、きょうおかあさん、おしごととってもがんばった!だからちょっとだけきゅうけい、きゅうけい。おとうさんがかえってくるまで、ちょっとだけゆっくり、きゅうけい、きゅうけい。」
そう言いながら、おかあさんはあさの食器をかたづけます。
せんざいのいいにおいがするけれど、きょうのおかあさんはゆっくりゆっくりあらいものをしています。
あさのげんきはありません。
(おかあさん、つかれてる。ぼく、しってるもん。つかれたときのおかあさんは、でんちのきれそうな、ロボットみたい。)
そう思いながら、そうたくんははっとしました。
(そうだ!あの作文をよんであげよう!そしたらきっとげんきになるよ、だってとってもよくかけたんだから!おかあさんだって、きっとよろこぶ。ぼく、しってるもん!)
そうたくんは、あらいものをしているおかあさんのせなかにぎゅっとしてみました。
おかあさんは、あらいものの手をとめずに、
「なあに?そうたくーん?」
そうたくんは言いました。
「あのね、今日こくごのじゅぎょうでね、作文をかいたんだけどね、それでね、じぶんにとってたいせつなものをかきなさいってせんせいがいってね、だからね、ぼく、ももちゃんのことかいたんだよ!それをよんだら、おかあさんもきっとげんきがでるよ!いまもってくるね!」
そう言うとそうたくんは、ランドセルのなかから、だいじにだいじにもってかえってきた作文を取り出して、おかあさんにわたしました。
おかあさんはあらいものの手をとめて、その作文をじっとみつめています。
そうたくんはどきどきです。
「わあ、すごいねえ。じゃあゆっくりよみたいから、そこの、テーブルのうえに置いておいてくれる?」
そうたくんは、いっしゅん、ほんのちょっとだけ、こころがズキッとしました。
でも、もうおかあさんは、あらいものから、夕ごはんのじゅんびにとりかかっていたので、ズキッについて、しらないふりをしました。
「わかった!ここに置いておくね!」
そうたくんはももちゃんをおこさないように、できるだけちいさなこえで、それでもちゃんとおかあさんの耳にとどくようにはっきりと、言いました。
こうして、そうたくんの自信作の作文は、テーブルのティッシュ箱のしたに置かれてしまいました。
ティッシュ箱のしたに置いたのは、ごはんをたべていて、よごれてしまったらたいへんだと、そうたくんがかんがえたからでした。
おかあさんが夕ごはんのじゅんびをおえて、そうたくんがしゅくだいをやっているうちに、おとうさんがかえってきました。
「おとうさん、おかえり。」
「ただいま、そうた。きょうもよくはたらいたー!」
そうたくんは、しっています。おとうさんが、「きょうもよくはたらいたー!」というときは、おしごとがとびきりいそがしい日だったのです。
「きょうはおとうさんも、おしごとがんばったんだね。ぼく、しってるよ!」
「おとうさんも、ってことは、おかあさんもきょうはたいへんな日だったんだなあ。そうたは、ほんとうになんでもよくしってるねえ。」
そう言うと、おとうさんはそうたくんのあたまを、ぽん、ぽん、となでてくれました。
なでてくれたてのひらがとってもあたたかかったけれど、なんだかちからがはいっていなくて、おとうさんも今日はくたびれちゃったんだなあ、とそうたくんはおもいました。
そうたくんはまた、はっと思い出しました。
(おとうさんにさきに、あのスペシャルな作文をよんであげよう!
きっとこんなにじょうずにかけたんだって、ほめてくれるし、おとうさんもげんきになるはず!ぜったいそうにちがいない!)
そうたくんは、テーブルのティッシュ箱のしたから、そおっと作文をひきぬきました。
そしてスーツをぬいできがえているおとうさんのせなかに、ぎゅっとしてみました。
「おとうさん、あのね、今日こくごのじゅぎょうでね、作文をかいたんだよ。じぶんにとってたいせつなものをかきなさいってせんせいがいってね、だからね、ぼく、」
「ふぇ、ふぇ、ふぇええ、ふぇええええ」
「おとうさーん、ももちゃんおねがーい!」
キッチンから、おとうさんをよぶおかあさんのこえがします。
おとうさんは大慌てできがえながら、
「はーい!」
とへんじをしました。
そしてそのまま、ももちゃんのもとへはしっていきました。
おとうさんのへやにのこされたそうたくんのこころは、また、ズキッとしました。
こんどのズキッは、おかあさんのときのズキッにくらべて、2ばいくらいのいたさでした。
そうたくんは、手にもっていた作文を、くしゃくしゃにまるめました。
それから、おとうさんのへやのゴミ箱に、ぽいっと、なげてすてました。
そうたくんの目からは、ひとつぶ、ふたつぶ、なみだがこぼれてきました。
そうたくんのこころは、そのなみだとあわせるように、ズキッ、ズキッといたみました。
そうたくんは、いっしょうけんめい目をこすって、なみだをとめようとしました。
それでもなみだはとまりません。
(このままだとないてることがバレちゃうよ。ぼく、しってるもん。ないてたら、なんでないてるのってきかれちゃう。ぼく、いま、なんでないてるか、わかんない。どうしよう。どうしよう。)
「そうたー!ごはんだよー!」
おかあさんのこえがします。
それでもそうたくんのなみだはおさまってくれません。
どうしてもなみだがこぼれてしまうのです。
しまいにはしゃっくりまででてきてしまいました。
ひっく、ひっく、といいながら、右目からぽとり、左目からぽとり。
ついには、うわあ、うわあんと、こえになってそうたくんの口からおとがこぼれてゆきました。
そうたくんの泣き声に気がついたおとうさんとおかあさんは、ももちゃんをかかえて、あわててそうたくんのもとにやってきました。
それでもそうたくんは、泣き止むことができません。
じぶんでもどうしたらいいかわからないのです。
「そうた、どうしたの?」
(どうしたってきかれても、ぼく、わかんない。ぼくわかんないもん。なんでないてるのかわかんないんだもん。)
そうたくんは、泣きながら、おとうさんとおかあさんにこう言いました。
「ぼく、わかんない!もうわかんない!」
そうして、おとうさんのへやのとびらをぴしゃり、としめてしまいました。
それからどれくらいじかんがたったのでしょうか。
そうたくんは、いつのまにか、ねむってしまっていました。
むこうのへやからは、おかあさんがでんわしているこえがきこえます。
あいてはきっと、おばあちゃんです。
おかあさんのこえが、よそゆきのこえじゃないから、そうたくんには、わかります。
「そうた、おばあちゃんが、ちょっとおはなししようって。おはなしできる?」
とびらのむこうから、おかあさんのこえがきこえます。
そうたくんはおきあがって、とびらをあけて、でんわをうけとりました。
なみだとはなみずで、そうたくんのかおは、かぴかぴになっていました。
「そうた?きこえる?」
やっぱりおばあちゃんでした。
「泣いてたんだって?どうしたの?」
(またどうしたのってきかれても、ぼく、わかんないもん。)
そうたくんは、おもいました。
「ぼく、わかんない。なんでないてるのか、わかんない。」
そういっているうちに、みるみる目になみだがたまってゆきます。
あんなにないたのに、まだまだなみだがあふれるなんて、ぼくのからだはどうしちゃったんだろう。
「きょうなにがあったのか、おばあちゃんに、おはなししてごらん。」
そうたくんはなきながら、おばあちゃんにきょうあったことをはなしました。
学校で作文のじゅぎょうがあったこと。
そこで、ももちゃんのことをかいたこと。
いっしょうけんめいいっしょうけんめいかいたこと。
じぶんにとってたいせつなものをかきなさい、ってせんせいに言われたから、ももちゃんのことをかいたこと。
それはとっても自信作だったこと。
ももちゃんによんであげたらよろこんでくれるとおもったこと。
おとうさんによんであげたらほめてくれるとおもったこと。
おかあさんによんであげたらもっとほめてくれるとおもったこと。
おかあさんもおとうさんもいそがしくてつかれてかえってきたこと。
だれもぼくの作文をよんでくれなかったこと。
だからおとうさんのゴミ箱に作文をすてたこと。
ひっくひっくとしゃくりあげながら、そうたくんはおばあちゃんにそうはなしました。
おばあちゃんはなんにもいわずに、うん、うん、とはなしをきいているだけでした。
そうたくんがはなしおわると、すこしのじかんをおいて、おばあちゃんは、こういいました。
「そうた。そうたはいま、なんで泣いているのか、わかんないって、おばあちゃんに言ったよね。」
「うん。」
「そうた。それはね、こういうきもちのことなんだよ。さみしい、って、そうたは、しってる?」
「さみしい?」
「そう。さみしい。さみしいは、おとなだって、かんじるの。おとうさんもおかあさんもかんじるの。もしかしたら、ももちゃんだって、さみしいことも、あるかもしれない。だけどね、そうた、それはね、もってていいきもちなの。なくさなくていいきもちなの。そうたはね、まだこどもなの。こどもだったら、なんでもしってなくても、いいんだよ。おとなだって、なんでもしってなくても、いいんだもの。こどものそうたは、まだ、しらないことがあっても、いいの。そうたがももちゃんのことだいすきなの、おばあちゃんはしってるよ。おかあさんも、おとうさんも、しってる。だけどね、そうた、そうたのことを、おかあさんも、おとうさんも、おばあちゃんも、だいすきだってこと、そうたはしってる?だいすきなひとが、さみしいってないていたら、それはとってもつらいことだって、しってる?しかもさみしいきもちを、つたえてくれないとしたら、もっとつらいことだって、そうたはしってる?」
そうたくんは、おばあちゃんの言ってることが、わかるような、わからないようなきもちでした。
「じゃあぼくは、どうしたらいいの?どうしたらいいのか、わかんない。」
おばあちゃんは、しずかにいいました。
「そうた。おかあさんと、おとうさんに、こう言ってごらん。さみしい、って、言ってごらん。捨ててしまった作文を、ちゃんとゴミ箱からひろって、それをもって、さみしいって、言ってごらん。たったそれだけで、だいじょうぶ。それができたら、はなまるひゃくてんだよ。」
おばあちゃんはそういうと、ニコニコとわらっているようでした。
でんわのむこうでかおはみえないけれど、おばあちゃんのえがおがそうたくんの目にははっきりとみえました。
「わかった。やってみる。」
「がんばってね、そうた。」
そう言って、おばあちゃんのでんわはきれました。
そうたくんは、おとうさんのゴミ箱のなかから、くしゃくしゃになった作文をひろいあげました。
それをていねいに、ぎゅっ、ぎゅっ、としわをのばして、もういちどおりたたみました。
おかあさんからあずかったでんわと、おりたたんだ作文をりょうてにもって、そうたくんは、そっとおとうさんのへやのとびらをあけました。
みんなでごはんをたべるおへやにいくと、ももちゃんをだっこしたおとうさんと、おかあさんが、ごはんにひとくちもてをつけずに、こちらをみていました。
そうたくんは、いままで生きてきたなかで、いちばんのゆうきをふりしぼって、こう言いました。
「おとうさん、おかあさん、ぼく、さみしい。」
いいおわるとすぐに、またそうたくんの右目からぽとり、左目からぽとり。
なみだがみるみるあふれて、そうたくんのほほをつたってゆきました。
右手にもっていた作文は、泣いたひょうしにくしゃっとなってしまいました。
左手にもっていたおかあさんのでんわは、そうたくんのぎゅっとにぎった熱で、あたたかくなっていました。
気がつくと、そうたくんは、おとうさんとおかあさんに抱きしめられていました。
ももちゃんは、ベビーソファーのうえで、おめめをまんまるにしてこちらをみています。
「そうた、ごめん。」
「ごめんね、そうた。」
おとうさんとおかあさんは、なんどもなんどもそう言いました。
そういいながら、ふたりとも、泣いているようでした。
「さみしいおもいさせてごめんね。」
「いつもそうたがいい子だからって、あまえてごめんね。」
「そうたのことがだいじだよ。」
「そうたがだいすき、そうたがだいすきだよ。」
おとうさんとおかあさんは口々にそう言って、そうたくんを抱きしめました。
そうたくんがくるしいよ、といっても、ふたりはぜんぜんきいてくれません。
それでもなぜでしょう。
そうたくんのなみだはぴたりとおさまって、くすぐったいような、はずかしいような、でもとってもやさしくておおきなものにつつまれているような、そんなきもちがしました。
くるしいよ、といいながら、やめてほしくなくて、いつまでもいつまでも、おとうさんとおかあさんに、あたまをくしゃくしゃにされながら、抱きしめてもらいました。
それから、4人でたのしく夕ごはんをたべました。
スーパーのコロッケと、からあげと、おかあさんのてづくりのサラダ、おみそしる、ごはんです。おとうさんは、おさけまでのんでいます。
おいしくごはんをたべたあと、そうたくんは、おとうさん、おかあさん、ももちゃんのまえで、そうたくんの自信作を音読しました。
それをおかあさんがどうがにとって、おばあちゃんにおくりました。
そうたくんはとってもきんちょうしたけれど、ももちゃんにきいてほしくて、おとうさんにきいてほしくて、おかあさんにきいてほしくて、おばあちゃんにきいてほしくて、いっしょうけんめい、さいごまで、よみあげました。
「ぼくは、ぼくのいもうとのももちゃんが、せかいでいちばんたいせつです。」
そうたくんが、さいごの一文をよみおえると、おとうさんはないて、おかあさんもなきました。そうたくんはわらって、ももちゃんはあぷあぷとこうふんしていました。
そうたくんは、いまでもたまに、おばあちゃんからいわれたことを、かんがえます。
しらないことがあってもだいじょうぶ、ってことと、さみしいは、なくさなくていいきもち、ってこと。
さみしいは、ズキッとして、いやなやつだけど、ちゃんとさみしいってくちにだして言えたなら、わるいやつじゃないってこと。
そしてそうたくんは、いま、こうおもっています。
しらないことがあってもだいじょうぶ。
さみしいことがあっても、だいじょうぶ。
ちゃんとくちにだしたら、だいじょうぶ。
ぼく、しってるもん。
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