(短編ふう)見習い悪魔 雪崩に遭う
2階まで吹き抜けた壁一面の書棚を埋め尽くしていた仏典類が、ドドッーと崩れ落ちてきた。
経典が蛇腹に開いて、荒ぶる龍のように襲い掛かってくる。
ほどけて落下する巻物は、暴風にうねる海原のようだ。
長年に積もったらしい塵が、濛々と立ち込めるのは、軍馬の立てる土煙のように視界を濁らせる。
竹簡や木簡の、繋いでいた紐がちぎれて、煙の中で、次々、爆竹のように弾けた。
腐りかけた葉の匂いが混じっているのは、ターラ樹の葉(貝葉)に違いない。紙が普及する以前、ブッダの説法は、貝葉に鉄筆で文字を彫り込まれた。
混然一体に、それらが雪崩れ落ちてくる。
ダダダーッと、一気に。
のはずだが、スローモーションのようによく見えた。
逃げなくちゃ、
と思ったが一足遅く、束になった竹簡が額に当たった。
ゴッツン。
ベッドから落ちて、床の上で目が覚めた。
カーテンの隙間から、月明かりが青白い。
鈴虫の音が忍び込んでいる。
夕方に、司書ドロイドと仏典庫を覗いたせいだ。
「出入り禁止、ではないですが、通常、閲覧する者はいないので、こうして保管しているばかりです。」
そこは、書庫というより倉庫に近かった。梯子の掛かった壁の棚にも、フロアのずっと奥まで並ぶ棚々にも、巻物や竹簡などが無造作に突っ込まれていた。
堆く平積みされた蛇腹仕様の経典は、どうやって一番下の一冊を取り出すつもりなのかわからない。
「仏典の全データ化プロジェクトが進行していましたが、今は、休眠状態です。」
それはわかる気がする。
そんなデータを、一体、誰が必要とするだろうか。
ブッダは29歳で出家し、35歳で悟りを得て(成道)、80歳で亡くなる(涅槃)まで、布教した。
仏典には大きく3種類がある。
ブッダの教えを記した「経」。
信者が守るべき決まりが書かれた「律」。
お経の注釈書の「論」。
もともとは、修業6年、布教45年の教えがすべてのはずだ。
それらが悪魔でさえうんざりしてしまう分量になったのは、ひとつにはブッダ自身は語れども、書き残さず、また、もうひとつには、ブッダの生きた紀元前からの長い時間によっぽど多くの人間が関わったからである。
そもそも、最初は全て、口伝え、である。
口伝とは、元来、徐々に変化してしまうものだ。記憶というものは、それほど正確でも、客観的でもなく、伝える者、聴く者の理解や好みが滲んでしまう。
まして、ブッダは、
「ひとの性格や得手不得手には違いがあるのだから、それをよく見極めて説法しなければ、伝えたいことは正しく伝わらない。」 つまり、「人を見て法を説け。」と言って、ひとによって言うことを変えた(対機説法/応病与薬)。
その為、こっちの伝承とあっちの伝承と、もろもろのバージョンができてしまった。…
ブッダが入滅してまもなく、何が正しいのかわからない、整理しよう、ということになって各地から500人の僧(=五百羅漢)が集まって、正しいテキストを定めた(第1結集)。
しかし、それから100年程経った頃、行き過ぎた拡大解釈による頽廃が起こって、第2結集が行われた時は、少数派、多数派、互いに譲らず、この時まで、ゆるやかにひとつだった仏教の教えは、これを境に2系統に分裂した(根本分裂)。さらにそれぞれが、複数の部派に分かれるようになり、それぞれの部派が、それぞれの「経・律・論」をもつようになる。
仏典が増殖していく。
ブッダの肉声(金口の説法)を知ろうとする、研究が研究を呼ぶようにして発酵していく。
宇宙の力学を解き明かそうとする物理学者たちのようなの僧たちの研鑽が綿々と続くのだ。
最初、ブッダがマガディー語で話した言葉を、弟子たちはパーリ語で広めた。
翻訳。この作業がまた多くの仏典を生んだ。
原本からの翻訳。更に、翻訳本からの翻訳。
翻訳には、誤訳がつきものだし、訳しきれない原語の含意がある。
漢字に訳す時には、当てる漢字が持ってしまっている表意文字としての意味が不随してしまう。翻訳者のセンスが光る部分にちがいない。仏典を大いに漢訳した鳩摩羅什は5世紀前半の人だが、彼による翻訳を「旧訳」、彼以前を「古訳」といい、7世紀の玄奘以降の訳を「新訳」と分類するらしい。ちなみに三蔵法師玄奘がインドから持ち帰った仏典はサンスクリット語で、彼はこれを弟子たちと共に715部1,330巻に体系化、新訳した。
こうして、悪魔がうんざりするほどの、大量の仏典が存在している。
仏典の数の数倍、携わった人間の活動がある。
紀元前3世紀インド・マウリア朝の3代君主アショーカ王は、王朝の軍事的拡大に成功したが、カリンガ戦争(紀元前265年頃)の惨状を経験した後、仏教の教えに帰依し、実質、仏教を国教として国家の道徳基盤にしようと務めた。
そして、各地に、磨崖碑や石柱碑を建設した。
「磨崖碑や石柱碑が、バーミアン渓谷の大仏のような摩崖仏に発展するの?」
見習い悪魔は、書庫の膨大な仏典量に圧倒されながら、司書ドロイドに尋ねた。
ドロイドも同じように書庫の壁を見上げている。
「確かに巨大な仏像には国家の鎮護を託す場合もあります。でも、別の視点もあると思いますよ?」
「どんな?」
「そうですね。…太陽や星の周期を見つめていた人間は、自然の様々な現象に因果があり、法則があるようだ、と思ったことでしょう。そして、それらの原理を理解して、できれば思うように支配することで、幸福になれると思っても仕方のないことでしょう。わたしには、人間社会の支配層には、どちらかというと、そういう欲望めいたものがあるように思えます。善意に考えれば、そうして、社会全体の幸福に貢献できるのだ、という意欲です。しかし、人間社会の現実には、厳然と貧富や権威の格差があって、日々の生活に窮々とせざるを得ない人たちも存在します。」
見習い悪魔の瞳が、うっすらと紅みを帯びた。
「…、そう。そういうことです。」
ドロイドは、見習い悪魔の瞳の色がうっすらと変わったのを認めて静かにいった。
「ここは、埃っぽいですね。これくらいにして閉めましょう。」
こんなに明るくちゃ眠れない。
明るい月と鈴虫の声を惜しみながら、厚いカーテンを引いて、ベッドに戻った。
瞼を閉じてみたが、簡単には眠気は起こらない。
夢の後遺症がある。
初期仏教は、バラモンに不満があり、生活に余裕のあったクシャナ階級(騎士階級)に浸透した。シュードラ階級(隷属階級)には、やがて、より慈悲と救済の色彩が強い菩薩信仰が主流になって後、広まる。
自然にある摂理が神で、人間の解釈や造る仕組みが悪魔、なのかな?
ぼくは、悪魔だから、解釈を促せばいいのか?
閉じた瞼の裏で、見習い悪魔の瞳には紅みが増していた。
―了―
他にも”見習い悪魔”が登場する記事があります。
お時間のある時、ご一読頂けると嬉しいです。 ↓
今回の記事内容については、
主に、下記を参考に綴っていますが、文脈に自分なりの解釈で稚拙な面も多いと思います。また、必ずしも史実でない点あると思いますが、ご容赦ください。
・わかる仏教史 宮本啓一 角川ソファア文庫
・哲学と宗教全史 出口治明 ダイヤモンド社
・〈図解〉眠れなくなるほど面白い仏教 渋谷申博 日本文芸社
・Chat GPT(他のWEB等で真偽を確認しつつ)