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(短編ふう)月の説話 と 見習い悪魔
今晩はスーパームーンです。
というので、昨夜は、外へ出て、月を見上げてみた。
すでに20時を過ぎていたので、スーパーという程、月は、大きくは見えず、いつもとさして変わらない大きさだった。
銀盆のような白く透明な輝きとは違う、いくらか黄味がかった反射をしていた。
本当だ。確かにウサギが餅つきをしているように見える。
と、大人の言葉を確認したのは何歳ぐらいの頃だったろうか?
同時に、
「老人の横顔にも、美女の横顔にも例える国があるのですよ。」
とも教わり、そう見ようと苦心して、なんとなくそうも見える、と思った記憶もある。
残念ながら、今の私は、遠近両用メガネで、クレーター模様の輪郭はにじみのようにしか見えない。
「昔は、月明かりで夜道を歩けたのですよ。」
へぇー、と思った記憶もあるが、今も月は驚くほど明るい。
今だって、十分、月明かりで田舎道を歩ける。
ただ、
月明かり、を意識して、その明るさに気づいたのは、そう言われたのがきっかけだったかもしれない。
□□□□□
見習い悪魔は、図書室で、いつの間にか眠ってしまっていた。
司書ドロイドに、軽く肩をゆすられ、寝ぼけ眼をこすりながら、ぼんやりと身体を起こした。
館内は消灯されていたが、窓から指す月明かりで、見渡すのに不自由はなかった。
空気が青白い。
広げた本に、濡れた感触があって、見習い悪魔は口元を袖で拭った。
「センサーが故障してしまっていたようですね。」
無人と勘違いして、定刻で消灯して閉館してしまった図書室の機能について、ドロイドは、そう判断したようだ。
「失礼しました。今日は、私はずっと奥の書庫を整理していたもので。」
見習い悪魔は、書庫のある奥のほうを振り返った。
ドロイドが、視線を遮らないように、体をよけてくれた。
ぎっしりと本の詰まった書棚の列が、青白い月光に照らされている。
奥に、書庫への扉があるはずだが、そこまでは見えない。
書庫は普段、立ち入り禁止だ。
「それにしても、今日は、空気が澄んで、月がきれいではないですか?ウサギが餅つきをしているのがくっきり見えます。」
ドロイドにも美意識があるのだろうか?
背の高い窓の上の方に、白い満月が見える。
「ウサギは、飢えて苦しむひとを助けようとして火に飛び込んで、自らを食べ物として与えようとしました。その “自己犠牲” を尊いと思った〈月の神〉が、月を仰ぐたび、ひとがそれを思い出すように、ウサギを月に住まわせたので、あのように見えるのだそうです。」
言われるように、クレーター模様が、餅をつくウサギの影絵に見えた。
「ウサギは、餅でなく、“不老不死” の薬を作っている、という説話もあります。」
司書ドロイドは、データベースから説話を呼び出している。
人間のような発声音で、説話を話す。
古代の中国に、羿(ギ)という弓の名手がいました。
時に、天には10個の太陽が昇り、地上のひとは、高温に苦しんでいました。
羿(ギ)は天帝の命で、9つの太陽を射落とし、世界を救いました。
この功績により、褒美に “不老不死” の薬を授けられました。
しかし、それは、ひとり分、しかありません。
彼には嫦娥(ジョウガ)という妻がいて、ひとり永遠の命を得てもしかたがない、と思った羿は、薬は飲まず、ただ、戸棚の奥にしまっておくことにしました。
限りある時間でも、嫦娥と共に暮らしたほうが幸せだ。
ところが、“不老不死” の欲に憑りつかれた強欲非道の者がいて、羿が留守の隙に、薬を奪おうと、留守宅に押し入りました。
留守を預かっていた嫦娥(ジョウガ)は、必死に“薬”を守ろうとして、強盗と奪い合いになります。
しかし、非力な女性の嫦娥は、強盗の力に敵いません。
奪われるくらいなら!
と、自ら“薬”を煽ってしまいます。
非道な者が永遠の命を得ては世界に邪悪がはびこってしまうから。。
嫦娥(ジョウガ)の身体は軽くなり、宙に浮き、月へと漂い、彼女はそのまま月の住人となりました。
”不老不死“となった彼女は、月で永遠のひとりぼっちです。
憐れんだ天帝がウサギを友人として与えました。
玉兔(ギョクト)という名でした。
玉兔は嫦娥の友人として、話し相手をしながら、彼女の傍で天帝から与えられた臼と杵を使い、“薬”を練り続けています。
彼女が月に行ってしまった後、羿(ギ)は深く嘆き、満月の日に彼女を偲びながら月を見上げました。
「少し切ない ”自己犠牲” の話ではありませんか? 最後にウサギが出てくるのは、クレータ―模様がそう見えるから、敢えて付け加えて、物語と現実を結びつけているのでしょうか。月は、人間にとって神秘的で詩的な存在であるようです。満ち欠けする周期性から、再生や変化、生命のサイクルを、静かな光から女性性、母性を象徴しているようです。」
言われてみると、幼い心にも、月明かりは、しんと静かに、悲しそうにも、優しく包もうとするようにも感じられた。
一方で、〈天帝〉って誰? という気持ちも消えなかった。
「しかし、物理学的には、ジャイアント・インパクト説が定説のようです。」
地球ができて5,000万年から1億年ほどして、ティアという火星ほどのサイズの惑星が地球と衝突しました。
その衝突で、地球の地殻は蒸発し、ティアは消滅して、塵とガスの雲になって地球を覆いました。
その雲が重力によって集合して、月ができたのです。
科学の説も、まるで詩みたいだ。
まだ眠気が抜けない様子の見習い悪魔にドロイドが言った。
「さあ、すっかり晩くなってしまいました。多分、あなたの夕飯は、もう片付けられてしまっていますよ? それは、乾いたら、後でわたしが片付けておきましょう。」
見習い悪魔は、よだれに濡れた本をそのままにして、夕食の心配をしながら図書室をでた。
―了―
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