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⑤パヴェーゼ『美しい夏』

春の暖かさを感じてきた今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
また今年も夏がやってきますね。暑い夏が。

今回読んだ本のタイトルは『美しい夏』。夏祭りのひと時など刹那的で美しい夏の思い出もしくはイメージというものは大方の人が持っていると思います。
筆者のパヴェーゼはこの作品を1940年に発表し、1950年にストレーガ賞という文学賞を受賞し、同年1950年に自殺しています。彼の描いた夏の美しさとは何なのか、期待と同時に私に読み解けるかという不安が残ります。

あのころはいつもお祭りだった。家を出て通りを横切れば、もう夢中になれたし、とくに夜にはそうだったから、死ぬほど疲れて帰ってきてもまだなにか起こらないかしら、火事にでもならないかしら、家に赤ん坊でも生まれないかしらと願っていた、あるいはいっそのこといきなり夜が明けて人びとがみな通りに出てくればいいのに、そしてそのまま歩きに歩き続けて牧場まで、丘の向こうにまで、いければ良いのに。

『美しい夏』岩波文庫版より 1頁目

本書はいわゆる三人称視点の語りですが、「あのころはいつもお祭りだった」という書き出しによって実は主人公ジーナの一人称過去回想でもあるのでは?と考えてしまいます。
物語の軸は16歳の少女ジーナが大人の階段の一段を踏み込むまでの葛藤とその後のあっさりとした後味にある、と私は感じているのですが、大人になったジーナの回想だと思えばダンテ『神曲』にも似た雰囲気を感じます。

未だ人生の道半ばにして、
私は暗き森の中に迷ってしまった。
真直ぐであるはずの道がうねっていたのだ。

ダンテ『神曲』地獄篇1歌冒頭、オカモト拙訳

ジーナの導き手でもあり同伴者でもあるような人物が3歳年上のアメーリアです。ジーナすこし大人びたアメーリアに連れられて彼女ら二人は画家のアトリエに通うようになります。

神秘のベール

この作品において重要な役割を果たしていると私が感じたのは「モデル」と「カーテン」です。

「モデル」については分かりやすく物語の軸の一つとなっており、アメーリアが画家のヌードモデルになっているのを見てからジーニアは憧憬のような嫌悪のような感情を悶々と抱き続けます。
同い年で工場働き、いつも男を連れているローザに対してジーニアは以下のように語ります。

ジーニアは彼女を踏みつけてしまいたかった。けれども一緒に踊りに行くときはローザが必要だった、彼女は誰にでも馴れ馴れしく話しかけたり、馬鹿なまねをして周りの人間にジーニアの方がずっと上品だとわからせることができたから。

『美しい夏』

淫らに男と戯れるなんて有り得ない、お高くとまるジーニアが初めてアメーリアがモデルを請け負っていると知ったときはどのように感じたのでしょうか。

「あなた、脱いだことがあるの?」
「ええ、あるわよ。」

『美しい夏』

好きでもない男を前にして性愛を介しない目的で裸体を晒す女性たち。下品でふしだらな男遊びを蔑視するジーニアにとって、ある意味では高尚なものに、ある意味では異常なものに映ったのではないでしょうか。
裸婦像を描くときには顔のみ別人のように描かれます。アメーリアをモデルとして書かれた絵画に別人の顔がついているのを見て、この「モデル」という行為には真の意味で肉体存在のみが求められているのであり、それがアメーリアなのかジーニアなのか、下品な女か上品かなどは関係ないのです。

モデルという行為に加えてもう一つ作品を彩る舞台装置が「カーテン」であると感じます。

ビロードのカーテンがわずかな太陽に映えて部屋全体を赤く染めていた。

『美しい夏』

暗く仕切ったカーテンが小さな炎にかすかに映えていた。背後には二人の声が聞こえていた。

『美しい夏』

作中においてアトリエにあるカーテンの描写がしばしば登場します。
アメーリアや画家の男たちなど「大人」である存在とまだ「子供」の世界にいるジーニアがカーテンで遮られるという構図により、このカーテンが大人の世界の入り口にかかっている神秘のベールのように思えてくるのです。

カーテンの奥に踏み入れてはカーテンの外に出て紅茶を入れる。家に帰ってはカーテンの奥に差す薄い光に思いを馳せる。
そのような経験を繰り返して大人の階段を上っていくジーニアの心の機微が本作品の見どころであると思います。ここでは語りませんがひと悶着終えた後のさっぱりとした「大人の女性らしさ」を味わうジーニアの描写も素晴らしいものになっているので是非一読あれ。

あとがき

なにかと偉そうに子供だの大人の世界だのと書き連ねましたが、いざ自分を省みると齢21にして16歳のジーニアよりも未熟なのではないかと感じてしまいます。とくに恋愛の文脈においては。
そんな自分がこの作品を読んでも理解しきれていない部分が多いのではという不安が残ります。このページを読んでくださった大人の方がいましたら、是非あなたの感性で『美しい夏』を味わってみてほしいものです。

1年と少し経つ頃にはは私ももう社会人です。大学生活あと一年、精進します。

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