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【観劇記録】KERA CROSS 第五弾『骨と軽蔑』初日公演 シアタークリエ

チラシを開いて、「圧巻な眺めだな」と思った。
顔ぶれもビジュアルも。紙のチラシでそう思うのだから、生身で客席からステージを眺めたならばどうであろうか。否応なしに「これは観に行こう」と思わせた。


劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチによる過去の戯曲を、それぞれ異なる演出家たちが新たに創り上げる連続上演シリーズが“KERA CROSS”である。

第一弾は、『フローズン・ビーチ』(2019年7月~8月、演出:鈴木裕美)、
第二弾は、『グッドバイ』(2020年1月~2月、演出:生瀬勝久)、
第三弾は、『カメレオンズ・リップ』(2021年4月、演出:河原雅彦)、
第四弾は、『SLAPSTICKS』(2022年2月、演出:三浦直之)。
そしてシリーズ最後となる第五弾目が、ケラ氏自ら演出する書き下ろしの新作『骨と軽蔑』である。

2024年2月23日。初日。

シアタークリエの座席数は609席。舞台を見下ろす位置にボックス席が6席あるが、他は1階席のみである。最後列は22列目だが、23列に補助席も設置されているようだ。

1階14列より観劇した。
中央通路より少し後ろだが、視界がひらけておりかなり見やすい印象だ。これまで訪れてきた劇場の中でも上位に入るステージの見やすさだと感じた。


まずは舞台セットがよく作り込まれており、視覚的に「舞台を観に来た!」という期待感と充足感を得ることができた(前回観た『モンスター・コールズ』が特殊なセットだったことも相俟って)。
しかし屋敷の壁が所々壊れていて、草木が生えていたり池があったり、屋外なのか屋内なのかわからない不思議な作りであった。最初は見たそのままを受け取って「戦争中だから家が破壊されてしまっているのだろうか」と思ったのだが、劇の途中で、「それぞれのシーンの背景の要素が全て入っているのか」と気が付いた。今は屋敷内でのシーン、向こうは庭でのシーンなど、誰がどの場所におりどこで起きていることなのかを芝居でわからせるところが面白い。


それぞれの役者について記していきたい。

まず、鈴木杏氏の芝居の安定感と安心感はさすがであった(前回の出演作である舞台『いつぞやは』を2023年9月に観劇した時にも感じた)。
今回の出演者の中では最年少だが、存在に貫録がある。
東側と西側の内戦が続いている国で軍事産業を営む一家の次女・ドミーを演じているが、いつも不機嫌そうな彼女の表情や空気感は、自尊心と劣等感が絡み合っているのが感じられた。


ドミーの姉である、作家のマーゴを演じるのは、宮沢りえ氏。
登場した時の“圧倒的ヒロイン感”のようなものにハッとした。芝居は稽古や経験を重ねれば多少なりともうまくなるものだが、人が放つ、ヒロイン感・メイン感・センター感といったようなものに関しては、努力すれば必ず身に付けられるわけではない。しかし彼女にはそれが溢れており、存在自体が華やかで目を引く。
“特別な女優”なのだと感じた(俳優や役者という表現より、女優という言葉がポジティブに似合う)。
発声も聞きやすくよく通り素晴らしい。

ドミーとマーゴの衣装の違いも興味深かった。
鈴木氏演じるドミーはピンク系のカラーのフリルが付いたワンピースを着ており、それが役としてそこまで似合っているとは言えなかったのだが、宮沢氏演じるマーゴは色遣いが鮮やかでアーティスティックなパンツスタイルで、よく似合っていた。マーゴの“自分に似合うものや自分が好きなものをわかっている”感じが、ドミーが抱く羨望と妬み嫉みが混じる窮屈な気持ちを間接的により際立たせているように思った。


マーゴの大ファンで、手紙のやりとりを重ね屋敷まで遥々会いに来たナッツを演じるのは、小池栄子氏。
小池氏は好きなタレントかつ役者の一人である。ドラマや映画で観る度に、芝居に血が通っておりうまいと感じる。映画『八日目の蝉』を観た際、小池氏の表現力の高い芝居が衝撃的で、失礼ながら作品自体のことや他のキャストの印象は記憶に残らなかったほどである。
ナッツは訛りがあり独特な喋り方をするコミカルな役柄だ。何をやらせても達者だと感じる。


屋敷に仕える家政婦のネネを演じる犬山イヌコ氏と、マーゴとドミーの母親であるグルカを演じる峯村リエ氏は、ケラ氏の作品の常連である。
ケラ氏が主宰を務める劇団「ナイロン100℃」の在籍メンバーだ。

犬山氏は声が特徴的で耳に残る。声優としても活躍しており、アニメ『みどりのマキバオー』のマキバオー役や、『ポケットモンスター』のニャース役を担当している。
ネネというキャラクターとして完成されているなと感じた。
一人のシーンでは観客である“日比谷にいる人々”に話しかけるのも生の舞台演劇ならではの遊び心で、そういったことができる領域まで役と同体になって確立させているという証である。


峯村リエ氏のグルカは、一幕での優柔不断な弱々しさと、二幕での冷酷なまでのキビキビした様子、そして一貫してある精神的な不安定さと依存の匂いが伝わる芝居がよかった。
ただ、初日に台詞を噛んだ場面があり、シーンに合わせて酒による呂律の回らなさのせいにすればよかったのになと思った瞬間があった。不安定な人を演じているゆえに、一瞬でも素が見えると目立つものだなと思ったりした。

グルカの夫でありマーゴとドミーの父親である人物の秘書・ソフィーを演じるのが、水川あさみ氏。
水川氏は映像作品には数多く出演しており力のある役者だが、舞台では新人感があった。発声が気になったのと、そもそも役自体があまり合っていないようにも思えた。役になりきることも役を自分に引き寄せることも役者の力量である。そういったことも含めて、生の舞台演劇においては発展途上という感じがあった。このメンバーだからその感じが目立ったというのもあるかもしれない。
実際、水川氏は、2023年11月〜12月に上演された『リムジン』が8年ぶりの舞台出演だったようだ。今後にも期待したい。


マーゴの担当編集者であるミロンガを演じるのが、堀内敬子氏だ。
筆者は2019年1月〜2月に上演された音楽劇『マニアック』で初めて生の堀内氏の芝居を観たのだが、クセのある作品の中で彼女の盤石な芝居と芯のある堂々とした歌声がとてもよく、好きな役者の一人となった。
『骨と軽蔑』を観ようと決めたのも、彼女が出演していたからということも大きな理由の一つである。
ミロンガは作中で最後に登場するのだが、最初の現れ方が独特で、ミロンガでありながらミロンガではなかった。衣装もそれが意識されたような色合いや形や柄で視覚的にも楽しめた。
次に登場した時はミロンガでしかないミロンガなのだが、仕事がデキる女編集者という雰囲気がよく出ており、時にシビアなところもよかった。


脚本については、一幕では起承転結の起が続き、その後の展開のための起だけではなく、間伸びした時間稼ぎのような印象もところどころであった。とはいえ、会話劇とはそういう側面もあるものかもしれないが。
二幕はその感じがなく話がテンポ良く展開していき面白かった。

外では人が殺し合っているのに、しかもそのお陰で自分たちが生活をできているとも言えるのに、お嬢様たちは自分の見聞きできる範囲で希望や絶望に右往左往している。それが二幕でぐわっと突き付けられた気がした。
そして、中盤までは最も倫理観がないような、お城の中では異質な敵のような存在であったソフィーが、あるシーンでは実は最も“ふつうの感覚”を持っているのではないかと、秘書としての仕事では役割をどこまでも全うしようとしているだけなのではないかと思わされたのも印象深かった。

なお、“本当に虫の魔法だったのだろうか?実は虫に力などないのでは”と思えるような、本当のところはどっちかわからない感じであったならより面白いなと考えたが、遺書が書き換わったことからそうでない(魔法でしかない)とわかるのは、個人的には少々残念だった。

とはいえ、この突然繰り広げられる虫による展開は予想外で、不気味だが笑ってしまう。でもそれだけではない。カサカサと生命の重みの問いが追いかけてくる。
お城の人々にとっては虫の命も外にいる東西の人々の命もなんら変わりなく、無関心だ。それが善い・悪いと言うつもりはないが、あのチラシのたくさんの足の裏を思い出す。そこから滲む情念のような怨念のような、そうだ、それこそ軽蔑のような感情が肌に纏わりつく。
そして、本作の結末の先を思うと、登場人物たちの魂もまた、“怨念を抱く側”となっていくことを想像して身震いした。


『骨と軽蔑』。ケラ氏と7人の女優による、鮮烈で繊細、どうしようもなく華やかでいてどこまでも深く暗く、緊迫していながらも可笑しく、豊かで濃密な芝居。空間。空気感。世界観。
それを、骨をしゃぶり尽くすように魂と五感で味わい尽くす贅沢な時であったことは間違いない。


■Information

『骨と軽蔑』

【東京公演】
■公演日程
2024年2月23日(金・祝) ~ 2024年3月23日(土)

■会場
シアタークリエ

■料金 (全席指定・税込)
12,500円
U-25 チケット:4,800円

■上演時間
3時間(休憩20分含む)

■当日券
公演前日18時に東宝ナビザーブにて事前販売
[東宝ナビザーブ]https://stage.toho-navi.com/

■主催
東宝 キューブ

【福岡公演】
■公演日程
2024年3月27日(水)~3月31日(日)

■会場
博多座

■主催
博多座

【大阪公演】
■公演日程
2024年4月4日(木)〜4月7日(日)

​■会場
サンケイホールブリーゼ

■主催
サンケイホールブリーゼ キューブ

【企画・製作】
東宝 キューブ

【作・演出】
ケラリーノ・サンドロヴィッチ

【出演】
宮沢りえ
鈴木 杏
犬山イヌコ
堀内敬子
水川あさみ
峯村リエ
小池栄子

【公式HP】
https://www.keracross.com/keracross5

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