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小説 | 島の記憶 第11話 -懸かる霊魂-
前回のお話
冬至が過ぎて、島は雨季に入った。スコールの時期だ。
数時間ざっと大量の雨が降っては止む。雨季は飲み水をもたらす恵みの雨で、この時期は遠くの泉まで水を汲みにいかなくてもよかった。村では水汲みは子供たちの仕事なので、この時期だけは子供たちは重労働から解放される。毎日大きな瓶を沢山外に出しておき、たまった水で食事の支度や後片付けができた。
その頃には、私のお告げに変化が出てきていた。今までは神殿の奥で見えたものや聞こえたものをロンゴ叔父さん達に伝えるだけだったのが、毎朝私はお勤めの時に気を失うようになっていた。叔母さんがお告げをやっていたころから審神者をやっているロンゴ叔父さん曰く、私の予知の力が強くなってきているとのことだった。どうやら私の大叔母さんがお告げをしていた頃もこのような状態だったらしい。
気を失うといっても、いきなり意識がなくなるわけではない。体からだんだん力が抜けていき、なにかが身体と頭に入ってくるような感覚がある。怖気がするわけではないので悪いものではないと思う。その何かが身体に入ったとき、私は一瞬自分が神殿の天井のところまで浮き上がり、ロンゴ叔父さん達を見下ろしているような感覚になる。その何かが用事を終えると、自分の身体に戻れる。そのような感覚だった。
自分の身体に入ってくるものの正体が、本当に良いものなのか、それとも何か悪いものなのかが気になった私は、ロンゴ叔父さんに相談をしてみた。すると、叔父さんはこう答えた。
「ティアには確かに何かが乗り移っているね。今言えるのは、悪いものではないという事。何かしゃべったとしても叔父さんがきちんと問いただして、どこかおかしなことを言っていないか、何かこちらを惑わそうとしていないか確認をしている。
懸かってきているのは男性だ。ティアの身体は借りている物の、年をとった男性の声で話しているね。時々ティアの顔つきが変わって、おそらくその懸かってきている人物の顔に一瞬なるときもある。やはり気になるかい?」
私はうなずいた。自分で自分が何を言っているかも分からないばかりか、声や顔つきまで変わっているとは、とても受け入れがたかった。私はロンゴ叔父さんと叔母さんに頼んで、私に懸かってきている物を確かめてもらうことにした。
次の日、いつものように私が気を失っていた間、ロンゴ叔父さんや叔母さんが懸ってきたものの素性を確かめた。それはもともと人間で、この村に昔住んでいた男性、ということまでは聞き出せたそうだが、名前は決して明かしてくれなかった。昔住んでいた村人たちの名前なら、叔母さんも私もすべて暗記しているから言えないとのこと。この人物はどうやら今村に住んでいる家族に伝えたいことがあるので、巫女として使える私を使っている、とのことだった。
懸ってきているものが先祖の霊だと分かって、私は少し安心した。これが村人を騙そうとしたり、いたずらで懸ってきている物だとしたら、それこそすぐにでも対処しなければならない。
ある日の朝、目が覚めた時、私は久しぶりに自分で未来のことが見えた。
水に浮かぶ多くの人。皆、水に浮き、目を閉じた顔と手足は水の中にある。そのうち何人かが水に沈んでいった。中には見覚えのある顔があった。カイとアリキだった。二人とも水の中に沈んでいく。
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大声をあげて私は起き上がった。心臓の鼓動が早くなり、息も苦しい。この時ばかりは、私は自分の予言が当たっていないことを願い、大急ぎで浜へと翔っていった。
浜にはカヌーが何台もでており、スコールの合間を縫って、まさに漁師たちが猟にでようとする寸前だった。カイもアリキもいる。
「待って!今日は漁にでちゃだめ!」私は声の限り叫んだ。
「ティア!こんな朝早くからどうした?」
「だめ、漁にでると溺れて死んでしまう人がでる。さっき見えたの。一人や二人じゃなかった。今日だけは漁にでないで。お願い!」
アピラナ伯父さんは頭を掻いて上を向いた。
「このところ漁に出られていないから、そろそろ頃合いだと思ったんだがね・・・ティアが言うなら、これは今日の漁は中止にした方が良いかな」
久しぶりの晴れ間とあって、皆残念そうにしていたが、何とか私の話に耳を傾けてくれた。
朝食がすみ、またスコールが何度もやってきた。雨の間には美しい晴天になり、何事もない平和で穏やかな時のように思えた。しかし午後には風が強くなり、雨脚が早くなった。だんだん家がきしみ始めて、屋根に葺かれた棕櫚の葉が何枚も飛んでいった。私たちはできるだけ一か所に固まり、家に水が入ってこないよう、家の前に作った溝を深く掘り続けた。
一夜あけて、村の家はひどくひしゃげていた。柱も斜めになり、屋根がすっかり飛んだ家もある。棕櫚の葉は沢山蓄えてあったので、早速皆で柱を立て直し、棕櫚の葉で屋根を葺きなおした。
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その晩、隣村からやってきたカイノアおじさんが、タンガロアお爺さんに伝えた事によると、隣村ではカヌーを出して、岩島まで漁にでたそうだ。岩島の周りは海流が強く、スコールで視界が悪くなると漁が危険になる。引き返そうとしたとき、大きな三角波が来て、カヌーはすべて倒れ、乗っていた漁師たちは皆、海に投げ出された。その後海は荒れ続け、10人の漁師のうち、奇跡的に2人だけが浜にたどり着けたそうだ。他の漁師たちは、戻ってこなかった。その中には、隣村にこの秋に嫁いだばかりの従姉レフラの旦那様も混じっていたそうだ。
(続く)
(このお話はフィクションです)