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小説 | 島の記憶  第23話 -初見-

前回のお話


翌朝、私は早くに目が覚めた。いつも通りに浜に行きたいと思ったが、自分の左足が膝から下がない、ということをすっかり忘れていた。マイアおばあさんの家は浜からそう遠くないが、今の脚の状態でどこまで歩けるだろう。私は昨日インデプからもらった杖を持って、そっと家を出た。

家の入り口を出て、裏手の方に向かう。潮風は家の裏手の方から海の香りを運んできていた。私は杖を両腕に持ち、慎重に歩き始めた。小さな茂みを超えてしばらく歩くと、ほどなくしてココヤシの林が見えてくる。林の中を、潮の音が聞こえる方へ歩いていくと、そこはもう浜だった。朝日が水平線から顔を出し始めており、赤く染まった空はどこまでも広く、大きな雲が風に乗って流れていく。久方ぶりの浜辺で、私は思いっきり深呼吸をした。ここ数日間、自分の中にたまっていたものが吐き出されていくようだった。

この水平線の先のどこかに私の島がある。私は海を見つめながら、いつか必ず家に帰ると自分に言い聞かせた。幸せだった頃の島での自分の生活がありありと目の前に戻ってきて、自分が神殿で何をやっていたのかも思い出せた。

今日から別の場所で同じことをやるのだろうか。お告げはできるのだろうか?私に懸ってきていたのは、私の祖先の霊か私の島の霊だと思うのだが、この土地で私に懸ってくる霊はいるのだろうか。そんな心配も頭をよぎった。

心配しても始まらない。まずは自分が行くべきところへ行って、何があるのか。どんな風に巫女達が働いているのか。それをまずは知りたかった。

マイアおばあさんを心配させてはいけない。私は踵を返すと、家に戻っていった。

家の戸口を通ると、ちょうどマイアおばあさんが台所から出てくるところだった。

「まあ、これから起こしに行こうと思っていたのに!どこへ行ってたの?」

「浜に行ってきました。ここに来てからずっと浜に行っていなかったので。私の村は浜のすぐそばにあったので、朝、時々浜にでて散歩をしていたんです」

「そうだったのね。それならちょうどいい時に杖をもらったね。神殿は浜から少し遠いけれど、歩けない距離ではないよ。それにうちに帰ってきたらいくらでも浜に行ける。あんたが今度帰ってきたら、一緒に浜を歩こう。」

私たちは笑顔になって、一緒に台所に降りていった。朝ご飯は芋団子に沢山の果物。それにたっぷりのココヤシの水だった。

「神殿でどのようなものが出るか分からないけれど、せめて今日ぐらいは芋団子だけじゃなくて何か他の物を、と思ってね。果物は沢山たべなさい。元気になるよ」おばあさんが気遣ってくれた。

食後、私たちは神殿へ向かった。杖のおかげで今日は歩くのが格段に楽だ。昨日よりも早く神殿についた私たちは、入り口でインデプが待っているのを見つけた。

「おはよう、ティア。待ってたよ」インデプが嬉しそうに言ってくれた。

「今日からお世話になります。」私は挨拶を返す。

「この子の脚が仕事の障りにならないかね?」おばあさんが少し心配そうにインデプに聞く。

「全く心配ないよ。医者が必要ならすぐに言ってくれれば、例の老人に使いをだすから」

「よかった。まだこの子の脚はアロエが必要な状態なんだよ」

「それなら、日を見てお爺さんを呼ぼうかね」

私は神殿の入り口でおばあさんと別れた。急に寂しさに襲われた私は、おばあさんを強く抱きしめた。「これまでありがとうございます。ここで一生懸命がんばります」

「この子ったら、そんなお礼は無用だよ。私こそ一緒に暮らしてくれてありがとう。休みがとれたらいつでも遊びにおいで。待ってるから」

そう言って、おばあさんは神殿の階段をゆっくり降りていった。

「さあ、中へ入ろう」インデプが私を促した。天井の高い広間まで来ると、インデプは広間の奥にある大きな入り口のある部屋へ私をいざなった。

「今から朝のお勤めがあるよ。朝はかならず街の事についてのお告げがある。巫女や審神者には事情を話してあるから、あなたも見て、どう感じたか後で教えてほしい」

そういうと、インデプは私を部屋の中へいざなった。

その部屋は大きかった。私の村の山の神殿の部屋の2倍はあるだろうか。私たちは部屋の中央の壁側の床に腰を掛け、人が来るのを待った。

ほどなくして一人の女性が部屋の奥から出てきて、草で編んだ敷物の上へ座った。若い女性で、背中まである長い黒髪の人だ。その横に来た男性は審神者だろう。女性が目を閉じると、審神者がその横に膝をついて座る。

しばらくすると、巫女の喉がグルグルとなり始めた。まるでいびきをかいているようだった。「あれが、霊が懸ってきている合図だよ」インデプが説明した。私は驚いた。私も山の神殿でお告げをやっていた時、何かが懸ってくる時にはかならず喉が鳴っていた。私の意志とは関係なく、どんなに普通に息をしていても、それを無視するかの様に喉がグルグルとなるのだった。

ほどなくして、巫女はゆっくりと前に倒れ始めた。審神者がその身体を受け止める。すると、次第に巫女の顔が変わっていった。

巫女の顔は、年老いた男性に変わっていた。先ほどまであった豊かな黒髪は、縮れた短い白髪に変わり、顔にはしわが刻まれていた。霊が懸ってきたようだ。

霊は口を開いた。土地の言葉で話しているので、行っていることはあまり良く分からないが、食べ物の事や、誰かの事について話しているのは分かった。あと、何かが行われるらしいというのもなんとなくわかった。

何かの話が出るたびに、審神者が色々なことを聞き返している。かなり細かく聞き返しているようで、まるで審神者が霊と会話をしているように見えた。話している意味があまり良く分からないのが悔しい。

始まった時と同じように、霊は少しずつ巫女の身体から離れていった。顔のしわが取れて若い女性のすべすべした肌に戻り、口、鼻、目、耳、額などが次第にもとの巫女のものに変わり、気が付けば縮れた白髪も姿を消して、豊かな黒髪に戻っていた。巫女はゆっくりと目を開けた。


私が山の神殿でやっていたのはこれだったのか。

霊が懸ってきている間、巫女はどうしていたのだろう。私は巫女と話したくてたまらなくなった。ほどなくして、部屋の衝立の後ろから男性が2名現れた。審神者と何かを長く話した後、二人は神殿の外へ出ていった。

「審神者が聞いたことの裏付けを取りに行くんだよ。あんたの村にもいただろう?」

インデプが説明してくれた。私は、自分の村にいた時、自分もあのように霊が懸ってきていて、お告げをしていたと言った。霊が懸ってきている間の事と、その間ロンゴ叔父さんが懸ってきた霊に話を確かめ、おかしなことを言っていないか確認をする作業をやっていたとも伝えた。

インデプはにっこりと笑って、こう言った。

「そうかい、完全入神をしてたとはね。。。それなら、人の役に立てることが沢山ある。今日はここの巫女達と合って、皆が何をやっているか色々話を聞くと良い。ここの街には人が沢山いる。あんたみたいな方法で霊とつながれる人は、頼りにする人は沢山いるはずだよ。」

私を頼りにする人がいる。どういうことなのかすぐにはつかめなかった。

その後、インデプは神殿の中を案内してくれた。神殿の中央の広間を中心に、奥の大きな部屋が一つ。左に小さな部屋が四つ。それぞれが廊下をはさんで窓に面していた。廊下の奥には大きな木の壁があり、ここを押して開けると、巫女達の住居になっていた。入ってすぐに台所と、敷物を沢山並べたとても広い空間があり、その奥には何枚かの板の壁があり、その向こうがそれぞれの巫女の寝室になっているという。

「あんたの寝室も用意しておいたよ。ほら、一番右の扉の所だ」

「扉とはなんでしょう?壁の事ですか?」

「ああ、ごめん。あの木の・・・は扉というんだよ」

島の自分の家には、仕切り用の布がかかっていた程度だったので、扉というものは初めて見た。ここでは、木を平らな板というものに加工して、扉を作って家の中で部屋のしきりに使っているそうだ。

「ここはあとでまたゆっくり来よう。それでは別の巫女の仕事場へ行こうかね。確か今日は街の若い人が相談に来ることになっているはずだから。」

そういうと、インデプは扉を開け、廊下へ出ていった。私も急いで後を追った。


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