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小説 | 島の記憶 第8話 -将来-
前回のお話
私は帰り道のさながら、小さいころ叔母と話したことを思い出していた。
叔母にはなぜ子供がいないのか。そして、どうして私達には叔父さんがいないんだろうとも。幼心にこれが不思議でならなかった。
何も考えていなかった私は、その疑問を叔母に尋ねてみた。
「ねえ叔母さん、どうして私達には従弟がいないの?どうして叔父さんもいないの?」
「ティア、村にはあなたの叔父さんや従弟や従妹はいっぱいいるじゃない」叔母はたしなめた。
「ううん、ちがうの。叔母さんの子供と叔母さんの旦那さん。どうしていないの?」
それを聞いた叔母は、少しさみしそうな、でも自信を持ったような顔でこう言った。
「あのね、叔母さんは神様の花嫁なのよ。叔母さんは神様と結婚しているの」
いきなりの発言に私は面食らってまた尋ねた。
「神様は叔母さんと一緒にいるの?見たことがないよ。それに、神様と子供は作れないの?」
この質問に叔母はちょっと困ったような顔をしてこういった。
「あのね、神様はいつも叔母さんと一緒にいてくれるのよ。皆とも一緒にいてくれるのよ。ティアともおばあちゃんとも、母さんともヒロとも。カウリともリアとも。でも、神様の花嫁は叔母さんなのよ」
「それじゃ、神様は私たちの叔父さんなの?」
この質問には、叔母は苦笑するしかなかった。
「叔父さん、というわけではないけれど、皆と一緒にいてくれる人。でも叔母さんにとっては特別な人よ。だって叔母さんは神様の花嫁だから」
叔母の言っていることは、当時はよく理解できなかった。皆といてくれる人の花嫁が叔母。タンガロアお爺さんのように、皆と一緒にいてくれる人はいるが、それとも違うようだ。何しろ私は神様を見たことがない。
家にたどり着いた私は、母さんやおばあちゃんにどう話を切り出して良いのかよくわからなかった。結婚も子供も持てない。これがどういう意味になるのか、将来はどうやって暮らしていくのか、それすらも分からなかった。
「ティア、今日は少し時間がかかったね。お昼を食べたら、機織りを手伝っておくれ」
いつも通りにおばあちゃんが言う。
お昼の支度をしている母さんのそばにいって手伝いながら、私は母にこう聞いてみた。
「母さん、どうして父さんと結婚しようと思ったの?」
母さんは照れたように大笑いをして言った。
「まあ、この子は昨日の結婚式をみたらもうこんなことを言い出すなんて。あのね、母さんは他の村から来たでしょ?向こうに住んでいた時に、お父さんが時々お母さんのいた村に来ていたの。かっこいいお父さんに一目ぼれをしたのよ。お父さんは用事を済ませると、なぜかうちに来てご飯を食べていくのよね。お互い言葉は通じなかったけれど、いい人だっていうのは分かっていた。
だから、あなたのお爺ちゃんから、父さんとの縁談がある、と聞いたときはすぐに返事をしたわ。この人となら大丈夫だって思ってたの。だから、こちらの村に来てからも、言葉を頑張って覚えて、少しでも父さんとちゃんと話せるようになりたい、って頑張ったのよ。それにあなた達が元気で産まれてきてくれて、家族になれたしね。
家族が増えるたびに父さんとも、もっと話さなければならないことが出てきたし、それになにより一緒にいて楽しい人だったからね、父さんは。あんなに早く亡くならなければもっと楽しく暮らせたのにねえ」
「ヒロは亡くなったパイケアにそっくりですよ。性格はあんたに生き写し。」おばあちゃんが口をはさむ。
「ティアはおばあちゃんに似ているけれど、内面は父さんにそっくり。少し引っ込み思案だったけど、優しい所は変わらないわね。頭もいいし、物の覚えは早いし」
私は昼ごはんの芋団子を食べながら二人の話を聞いていた。私は父さんに似ているんだ。自分の姿がおばあちゃんに似ているのはなんとなくわかるが、それまで自分が父さんに似ているとは思いもしなかった。父さんが亡くなったのは5年前。こんなにも父さんの事を忘れてしまっている自分に戸惑った。
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食事が終わっても叔母さんが返ってこなかったので、私はおばあちゃんの機織りを手伝った。手を動かしながら、私はおばあちゃんに尋ねた。
「お父さんや叔母さんが産まれた時はどんな気持ちだった?」
それを言ったとき、おばあちゃんは小さな声でこう言った。
「今日、神殿で何か話したんじゃないのかい?」
「なんで知ってるの?」
「昨日、アリアナとタンガロアが話しているのが耳に入ってね、」
私はおばあちゃんに、今日神殿であった話を伝えた。自分が子供を持たず、神様の花嫁として独身を貫くこと。でも、もし今自分にだれか好きな人がいるのであれば、他の人が巫女をやること。
おばあちゃんはため息をついてこういった。
「今、あなたの年齢で一生をともにする人を決めるのはあまりに早いと思うんだけどねえ・・・昨日式をあげたレフアやマヌブは20歳だよ。アリアナの時はあまりに早く決めなければならなかったから、本人もよくわからないまま巫女の道を選んだけれど。あなたも今将来の相手を見つけるにはあまりに早いと思うけれどね・・・」
おばあちゃんは機を織る手を緩めながら言った。
「ティアはどうしたい?巫女になって皆のために働きたいかい?」
「うん・・・私は小さい時から巫女のお手伝いと、唄しかやってきていないし、他にできることと言ったら機織りくらいだよ。何もしないで独身でいるって、できるのかな。どのみち働かなきゃいけないし・・・正直、将来の事なんか、まだ考えてもいなかったよ。ずっと神殿のお手伝いをしながら、こうしておばあちゃんと機を織って暮らしていくばかりだと思っていたから。」
「一度アリアナとゆっくり話した方が良いかもしれないね。あの子ならもっときちんとしたことが言えるかもしれない」
おばあちゃんはそう言うと、横糸を縦糸にくぐらせて、文様を作っていった。
自分の将来は自分で決められる。選択肢があるのだが、そこから自分の未来を決めるには私はまだ幼すぎた。
(続く)
(このお話はフィクションです)