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小説|メルクリウスのデジタル庁の年末 第4話 COICA星間協力隊の魂


申請なしの魂の隠しフォルダーの処理がようやく終わりかけた所で、サラさんからテレパシーが入った。

「千佳、三十分ばかりケビンの仕事を手伝ってくれる?今日は惑星間を転生した魂の記録が普段より多いようで、他のチームの方でもどうしても手が回らないようで」

「承知しました。隠しファイルの処理があと五千件程なので、終了次第すぐにそちらに回ります。」

「助かるわ、ありがとう。処理が終わったらケビンに連絡して。ラーさんからの指示を共有するはずだから。」

「了解です。」

私は作業している画面に集中した。マザーコンピューターの検索画面に、隠しファイルのついたフォルダーを抽出できる機能があれば、この作業ももう少し効率化できるはず、と常日頃から思っている。だが、いくらSEチームにお伺いを立てても一向にテラのファイルについては進まない。平たく言えば後回しにされていた。

SEの意見ではフォルダーのバイブレーションが精妙な惑星のフォルダーの検索方法の開発から進めたい、その技術を応用すればテラのフォルダー検索の改善もすぐにできるはずだから、とのことだった。

確かに彼らの意見は理に適っている。課内で担当する十の惑星のうち、テラのバイブレーションが一番オーガニックで、他の惑星と比較するとバイブレーションも低い。たとえて言うなら、極細の絹や綿の糸でできたガーゼの布と、合成ウールの極太の毛糸でできたのセーターの取り扱いの違いのようなものだ。

取り扱いが難しいのはやはり精妙な物質の方であり、そちらでの技術を開発してしまえばテラのバイブレーションに合わせた仕様の技術に応用するのは簡単、との発想だろう。

簡単なら先に手を付けてほしいとも思ってしまうことが時々あるが、各惑星の住民の平均寿命とフォルダーの重さを考えると、どうしても他の惑星の事情の方を優先せざるを得なくなるらしい。

最後の隠しファイルに鍵をかけ終わって、私は祈りをささげて作業を締めくくる。白い大霊の祝福と、魂の記録が万全に保護されることを祈って。祈りといっても、私は長い文言を言わない。テラに何度か転生したときによく言っていたこの言葉で締めくくる。

「天と地の法則に逆らわないのであれば、このフォルダーの魂の情報が守られますように」

フォルダーをいくつか点検して強度が増したことを確認してから、私は庁から支給されているもう一つのタブレットを出し、ケビンさんにテレパシーで連絡を取った。

「ケビンさん、こちらの作業が終了いたしました。いつでもどうぞ。」

「ああ、千佳!助かった!今ラーさんからの支持をそちらのタブレットに送るから、目を通してもらえる?申請済みのファイルをバッチに分けてあるから、千佳の名前のついているバッチを頼むよ。ヘリオスとウィーヌス、プルートの3つだ。申し訳ないけど急いでやってほしい。」

「承知しました」

たしかにこの時間までできたばかりの脆弱なフォルダーを未点検のまま放置しておくのはいけない。私は先ほどまで使っていたタブレットの部署内共有の社内コミュニケーションシステムを確認する。ケビンさんから、課長のラーさんの指示が転送されてきていた。

「昨日、各惑星間のODAの一環であるCOICA星間協力隊(Cosmic Interstellar Cooperation Agency) の二十部隊が、任務終了のためテラから帰還した。フォルダー内の情報は、開発援助協力の状況報告としてすみやかに外務省に提出される必要があるため、各所協力して速やかにフォルダーの保護にあたること。なお、保護レベルはAAAのグレードで、バイブレーションレベルはヘリオスの波長に統一すること。」

報告書がらみの情報とあっては、これは急がなければならない。私は二つ目のタブレットにアクセスし、課内の共有システムに入った。自分にアサインされたバッチは、私のバイブレーションに合わせて作成されているため、システムに入ると自動的にバッチがスクリーンに表示される。

COICA星間協力隊のメンバーは、コスモ連合国間で、派遣された各惑星における愛の普及を目的として、現地の住民のメンタルや精神のサポートおよび福祉の向上にあたる。派遣者は、通常は転生の経験を持たない魂であることが条件だが、特殊な技術を持つ場合は例外として転生経験者も認められる。

選別試験を通過し、派遣先の惑星について事前研修で知識を得たのち、任務ごとに百年の短期プログラムから千年の長期プログラムで各地に派遣される。

実際に肉体をもった魂として転生するチームは短期間の百年間の派遣、エーテルの形で三次元までおりていき、肉体を持たない形式で転生するチームは通常千年間の派遣となる。

そんなわけで彼らのフォルダーは各惑星のバイブレーションと、転生前のバイブレーションがはっきりと混在している。今回私がアサインされた仕事は、各フォルダーをヘリオスのバイブレーションに変換し、保護する事だ。

COICA関連のフォルダーの扱いは初めてではない。短期派遣のチームのフォルダー管理は何度かやったことはある。初めてアサインされたのは、確かテラに派遣されていたブラザー・フッド派遣団の一部の魂で、その後は一時期アセンションがらみの派遣団のフォルダーの処理を担当したこともあった。

しかし千年派遣のチームのフォルダーを扱うのは久しぶりだ。若干不安はあるものの、とにかく急いで処理を済ませなければならない。

二つ目のタブレットは惑星間の転生の作業を効率的に行えるアプリが入っており、今回のような転生経験が少ない魂のフォルダー作業に適している。アプリを起動させ、バッチの中のフォルダーを確認していく。まず、隊員の派遣期間ごとにフォルダーを分け、そのあと派遣先の惑星に応じてフォルダーをグループ化させていく。

テラの魂は通常三次元だが、ヘリオスの魂は八次元、ウィーヌスの魂は五次元、プルートの魂は六次元。まずはヘリオスからテラへ派遣されたチームからとりかかる。

惑星間転生者によくあるバイブレーションの違いは、普通のタブレットでクリスタルを使用して作業するものとはまた訳が違った。フォルダーが表示されると、3Dでその魂のもともとのバイブレーションを持つフォルダーと、派遣先の惑星で得た経験のバイブレーションをもつフォルダーの二つが浮かび上がる。

まずはこの二つのフォルダーを8次元まで上げていく。この際に必要になるのもやはり大霊への祈りだ。祈りながら自分自身のバイブレーションも上げていき、周囲が白い光に包まれるほどにバイブレーション調整し、二つのフォルダーを融合させていく。ここは非常な集中力が必要だ。どちらのフォルダーも生成されてから時間があまり経過していない。そのため、三次元のテラのフォルダーでさえ脆く取り扱いに注意が必要なものを、さらに精妙な八次元の繊細な物質へと変化させていかなければならない。私は時々サンストーンを握って、クリスタルのバイブレーションも使いながら作業を進めていった。

二つのフォルダーの位置が重なり合い、白く光ったら融合がうまくいったことになる。一旦内容を確認し、音声・録音・文章ファイルがきちんと八次元のプログラムで再生できるかを確認する。千年単位の記録があるフォルダーは、やはり普段テラの百年以下の記録と比べ、重く内容も長い。その後、プロテクション用の鍵をかけていく。

AAAグレードのプロテクションは複雑な鍵で出来ており、省庁間で共有される情報にはまずこのプロテクションをかける。報告書として必要事項を関係各所に配布され、その後通常の魂として保存されるまでの一時期の間、鍵をかけて保護をする。中には機密情報も入っており、隠しファイルに保存するかどうかは、その魂の持ち主と外務省が協議して決めるのが通常の流れだ。

フラワー・オブ・ライフ神聖幾何学模様フフラクタル幾何学模様を組み合わせ、各フォルダーのバイブレーションに即した鍵を作成する。三次元はフラワー・オブ・ライフとフラクタルの幾何学模様。六次元の鍵はカラビ・ヤウ多様体とフラワー・オブ・ライフの組み合わせ、八次元の鍵はメタトロンキューブ神聖幾何学模様とフラクタル幾何学模様、それにベクトル平衡体の組み合わせだ。

鍵の情報は万が一バイブレーションが似通ったグループソウルの一人が誤って開閉しないよう、魂の持ち主本人のバイブレーションでのみ開閉することができるように幾何学模様を調整していく。その後、フォルダーを強化するために祈りをささげるところまでは一緒だ。AAAの場合はコスモの大霊の他、ギャラクシー全体を司る大霊にも祈りをささげる。

プルートからの派遣団の魂の調整は得意だった。私自身プルートでの転生経験が多く、テラとのバイブレーションの違いと共通点を見出し、合致させていくのはまだ自信があった。しかし、ウィーヌスの魂はこれまであまり扱ってこなかったため、少し不安がある。ウィーヌスの魂のバッチに取り掛かかった直後、どうしたことか電気バリアではじかれるフォルダーに出くわした。自分で対処しきれないと判断した私は、一旦ケビンさんに相談をすることにした。

「ケビンさん、お忙しいところすみません。ちょっと見ていただきたいフォルダーがあるのですが」

「うん?どうした?」

ケビンさんはスクリーンを見つめ、作業の手を止めないまま返事をした。

「電気バリアで弾かれるフォルダーがありました。いつもの弾かれ方よりも強力なので、一度見ていただけたらと思いまして」

フォルダーに弾かれるのはいつもの事なのだが、このフォルダーは今まで扱ってきたものとは、バイブレーションも違う。強力に弾かれた指にしびれが残るくらいだ。自分で対処できないのは少し残念だが、ここは経験者の方に一度確認してもらうのが最善だろう。

「了解。ちょっと待ってて・・・一旦バッチから出てもらえるかな?バッチのバイブレーションをテラ・チーム共通のものにする」

私は言われた通り一度バッチから出た。

一連の作業を終えたケビンさんは、少し汗をかきながら私の作業しているバッチに入った。

「一番上のフォルダーだね?この三五〇TBの」

「三五〇TB・・・ファイルの重さまでは確認できませんでした。」

しばらくファイルの中を確認したケビンさんは、すまなさそうにこちらを向いた。

「申し訳ない、僕の確認不足だった。星間協力隊のリーダー格の魂のフォルダーを扱ったことはまだなかったよね?これは第十四派遣チームのサブリーダーのフォルダー。サブリーダーともなれば千年コースの派遣だが、通常の任務とは少し異なった体験をしたようだな。本来であれば僕がやるべき内容なんだが・・・

今日のような忙しいところで申し訳ないが、いい経験になるから千佳がやってみてくれないかい?ネプトゥーヌスとユピテル・チームにも応援を頼もう。」

協力隊のリーダー?私は思わず武者震いをした。さすがにそのレベルの魂の記録はまだ扱ったことがなかった。テラへの協力隊をまとめる存在の経験値は他とは破格に違う。情報管理者上級試験でも出てこない、さらに上のレベルの仕事とは聞いてはいたが、まさか自分が今この時点でアサインされるとは思ってもみなかった。

ネプトゥーヌス・チームとの共同作業とあれば、恐らく癒しのバイブレーションを使うことになる。入庁して初めて大きなトラウマを抱えた魂のフォルダーを担当したとき、同期でネプトゥーヌス・チームのヨーストと一緒に仕事にあたったことがあるが、あの時と似たような作業になるのだろうか。

私は思わず目の前のデスクにいるヨーストを見た。最近はテラ・チーム関連の仕事をするようになったヨーストは、デスクもテラ・チームに移ってきている。「三次元の仕事はバイブレーションの使い方が違うから面白いよ」と常日頃言っていたっけ。

そしてユピテル・チームも参加するとあれば、祈りのパワーも必要になると私は予想した。ユピテル・チームは外部のエージェントであるジブリールミーカーイールイスラフィールアズラーイールなどの天使と仕事をすることが多い。庁内でも最重要案件はセラフィムケルビルなどの熾天使や智天使に相談することもあるとか。天使系のバイブレーションは久しぶりに触れることになる。

ケビンさんから連絡が行ったようで、私の所に各チームリーダーからテレパシーが入った。まずはネプトゥーヌ・スチームのモーリーンさんからだ。

「モーリーンです。フォルダーを拝見いたしました。これはまず三次元レベルの感情を解き放った方が良いと思います。ネーダさん、どう?」

これにユピテルチームのネーダさんが返事をする。

「インシャーラー。こちらも準備万端です。モーリーンさんのおっしゃる通り、まずは感情を解き放つこと。大霊のサポートのための連絡口はお任せください。それが終わったら千佳のバイブレーションを借りて、フォルダーをできるだけ3次元に近づけましょう。」

「千佳は初めてのことがあると思うけど、できるだけスピードについてきてね。第一段階で感情を解き放つときは、自分の感情のように感じることがあるけれども、流されないでしっかり気を保つこと。ではネーダさん、フォルダーの場所にアクセスしてください。」

次の瞬間、一瞬自分がテラの地上に戻ったような感覚があり、その後母性という大きな愛情とコーランの響きからでる大霊への祈りのバイブレーションが私を包んだ。するとフォルダーからは、持ち主の地上での感情が一気にあふれ出してきた。

怒り
悲しみ
極度の飢え
極度の渇き
精神的な苦しみ
寂しさ
極度の暑さへの我慢
極度の寒さへの我慢
熱さ
肉体を走る激痛
圧迫感
窒息間
恐怖感
絶望感
あきらめ
親への切ることのできない愛情

時間にしてものの数秒のはずだが、あまりに無残な感情の渦に、耐えきれない痛みと恐怖を感じた。思わずフォルダーにかざした手を外したくなったが、事前に感情に流されないように注意を受けている。私はフォルダーから出てくるあらゆる感情に耐えた。

その次の瞬間、フォルダーが私の目の前に姿を現した。電気のバリヤーが外れたのか、右手をかざしても弾かれることはない。

「千佳、フォルダーを見られるようになりましたか?そうしたらフォルダーのバイブレーションを三次元に戻してキープください。私たちは五次元のフォルダーの感情を解き放ちますから、その作業が終わった段階で、二つのフォルダーを合体させましょう。」モーリーンさんが続ける。

「モーリーン、今五次元のフォルダーを確認しました。こちらはあまり感情の乱れがないようですね。本人以外の他の隊員たちの感情を共有しているところがやっかいですが」

「ええ。内容は九九六年間ですよね?このサブリーダーは任務の途中で、地上での人生を選択せざるを得なかったようですが、その前の体験は五次元で記録されていますよね。三次元のフォルダーとうまく合致させ、その後ヘリオスのバイブレーションに変換できるよう、サポートをお願いします」

「インシャアッラー。千佳、準備ができたら三次元に戻したフォルダーを今度は五次元まで引き上げてください。フォルツァをゆっくりコントロールして。」

私は少しずつフォルダーの波動を上げていった。三五〇TBもの重さのフォルダーの次元上昇を担当するのは初めてだ。とにかく重い。冷汗が噴出してくるのを感じた。深呼吸を続けながら引き続きフォルツァを使ってバイブレーションを上げ続けた。そのうちフォルダーが徐々に波動を上げ始め、三次元から四次元、四次元から五次元に近づいていく。

「あともう少し。」ネーダさんとモーリーンさんが同時に言う。

ふわりとした感触があり、二つの異なる次元にあった二つのフォルダーが5次元で一つになった。掌には、モーリーンさんとネーダさんの手が合わせられていた感触が残っている。

あとはこれをヘリオスのバイブレーションに変換するだけだ。容量の重いフォルダーを今度は八次元にまで上昇させる。三人の掌が重なっている感覚は続いている。モーリーンさんとネーダさんからは引き続き愛と祈りのバイブレーションが送られてくる。目の前が一瞬白くなり、次元上昇の精妙さに時々ついていけなくなりそうになる。私は深呼吸を繰り返した。そのうち、手を当てているフォルダーがみるみるうちに昇華していき、精妙でデリケートな八次元フォルダーが完成した。

「ここまで。」モーリーンさんの声がテレパシーで聞こえた。

「千佳、良くついてこられましたね。援助隊のリーダー格の人達のフォルダーを初めて扱う人は、時々第一段階で耐えられなくなって、バッチから手を放してしまうことがあるんですよ。よく耐えたと思いますよ。次元の調整もうまくできているので、今後私たちのチームで三次元の案件があったら協力してもらえるとありがたいわ」

「こちらも。さすがプルートへの転生経験があるから、あの状況でも落ち着いて対処できたのでしょうね。今後三次元の案件があったら、サラさん経由でお願いしたいわ。何度か経験を積んでいけば、もっと早く作業ができるようになりますよ。癒しと祈りのバイブレーションの波動、覚えました?次から別の業務にも使えると思うので、応用してみてくださいね」

「ありがとうございます。お二人のおかげで作業が進みました。今体験したことはいつもの業務で早速応用してみたいと思います。ありがとうございました!」

久しぶりに感じたネプトゥーヌスの愛情のバイブレーションと、ユピテルの祈りのバイブレーションを思い出して、私は一瞬茫然自失となった。

あまりにも大きく深い愛情と祈りの気持ち。家族や魂の守護の存在から受ける愛情ともまた違った感情だった。二人からあれだけのフォルツァが出ているとは。

これだけの作業をケビンさんは日常茶飯事のように行っている。経験を積んでいけばあれだけのフォルツァが使えるようになるのだろうか。まさか今日こんな実践を行えるとは想像だにしていなかった。しかし、いい経験をさせてもらった。忘れないようにまずは明日からの朝の作業に応用してみよう、と私は心に決めた。

あとはこのフォルダーに鍵をかけるだけだ。私はもう一度ケビンさんに話しかけ、鍵の種類を確認する。鍵は通常のメタトロンキューブ神聖幾何学模様フラクタル幾何学模様ベクトル平衡体でよいとの事。ただ、できるだけ複雑な模様にする必要があるとのことで、私はもう一度フラクタル幾何学模様のマニュアルに立ち返った。上級者試験でならった基礎は覚えているものの、やはり細かいところは忘れている。自分のエーテルの記憶倉庫にあるマニュアルを確認しながら、私はできるだけコピーするのに時間がかかるようなパターンを作成し、フォルダーに鍵をかけた。

(続く)



続く


(このお話はフィクションです。出てくる人物は実際の人物とは一切関係がありません)

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