小説|メルクリウスのデジタル庁の年末 第18話 海王星
テラ・チームの自分のデスクに戻ると、またアラームがひっきりなしに鳴っていた。テラ出身者の居住区の情報館からの連絡がまた増えてきたようだ。テラの地上ではアカエアやムンド・コンティネントゥムではそろそろ日が暮れるになる。睡眠時にエーテル体でこちらに来る利用者数は増えつつあるはずだ。
私も情報館からの要請に応答する。3Dチャットはパンク状態で、チーム全員でもさばききれなくなっていた。
「はい、情報課です。」
「こちらテラ居住区の第三情報館の警備です。フォルダーの鍵が破られました。ご対応をお願いしたくて。」
また小さな子供かな、と私は思った。
「承知いたしました。フォルダーを特定いたしますので、端末のシリアル番号を教えてください。」
「はい、ちょっとお待ちを・・・・ xRh0j76dNpamです。鍵が破られた時点で端末が正常に作動し、電源は切れています。閲覧者は今警備課で取り調べ中です。」
「承知いたしました。取り調べが終了いたしましたら、いつも通り私共あてで報告書の送付をお願いいたします。」
私は3Dチャットを切り、先ほどのシリアル番号の端末へのアクセス記録を調べ、フォルダーを特定した。警備からの途中報告では、閲覧者はテラ出身のアナヒータ。トラウマを癒すために自分の過去生を閲覧に来たようだ。
フォルダーは一部が破損していた。フォルダーには隠しファイルがあった。よく調べると、隠しファイルの鍵も破損している。自分自身の記録なのに鍵が破損しているのは妙なことだ。自分にも見せられないような過去があるのだろうか?
もしかして、隠しファイルにはタイマーが仕掛けられていたのかもしれない。
自分の過去生を振り返るときは、その時点で開示されてよい記録のみ開くことができる。現世でトラウマを抱えた場合、過去生の中でも、現時点ではまだ振り返る必要のない過去の記録は、隠しファイルの形で保存され、本人に準備ができるまで鍵で保護されることになる。
閲覧者はこの隠しファイルを無理やりこじ開けようとして、鍵が破損したのかもしれない。フォルツァの強い人物だったのだろう。
ファイルを修復し、中の映像や音声ファイルが正常に作動するか確認をする。確かにこの人物の前世は、重い人生を選択したようだ。長引く戦争。故郷からの亡命。亡命先での苦労。早すぎる家族の死。孤独と戦い、やっと生活を作り上げた矢先の子供の死。それでも未来への希望を捨てず、仕事と地域への貢献を通じて立派に一生を終えたようだ。
隠しファイルも一部破損が見られたので、私はクリスタルを使いながら破損部分を修復していった。隠しファイルの中も念のため再生可能か確認をしなければならない。これがいつも憂鬱だ。業務として確認をしなければならないと割り切っていても、やはり本人にすら隠された内容の人生の一部だ。何度やっても気が重くなる作業だ。
隠しファイルの中は、窃盗と堕胎、投獄の記録だった。貧困のため仕方がなくやったこととは言え、本人が受け入れる準備ができていなければ相当なショックを受けるだろう。
作業をしながら、私はこの人物のフォルダーから、テラとは違う惑星のバイブレーションも感じていた。恐らく惑星間の転生をしている。そう感じながら隠しファイルを閉じ、新しい鍵を作成した。
作業が終わり、先ほどの警備にフォルダー復旧の連絡を入れる。今日はこの作業を何度繰り返したことだろう。年末はやはり閲覧者が多いだけに、フォルダーの破損など様々な不具合がどうしても生じてしまう。
ふと気が付くと、目の前にヨーストが立っていた。
「千佳、忙しい所ごめん。今千佳が入っているフォルダー、作業が終わったら声かけてもらっていい?」
「もちろん!もう終わってるからちょっと待ってて・・・」
ヨースト達ネプトゥーヌスの人達は身長が平均で7cmと非常に小さいため、一緒に仕事をする際でも、同じタブレットを見ながら作業をすることができない。
「ヨースト、今出たよ。さっき鍵の修理をしたの」
「ありがとう。こちらもフォルダーの破損と鍵の修復。この人テラでの転生が何度もあるんだけど、ネプトゥーヌスの記録も結構あってね。これ、うちの居住区の情報館でフォルダーの異常として挙がってきたものなんだ。」
「同じ魂の経歴か・・・珍しいね、一緒の魂の経歴を扱うなんて」
「両親が、早くに亡くした子供のフォルダーを見に来たらしいんだけど、大きな感情に突き動かされてついフォルツァが強く出すぎてしまったらしくて」
ヨーストが続ける。
「今見つけたよ。このフォルダー、3次元の影響がすごく強い。もしかしてテラできつい人生を選択した魂? そういう魂って、かなりの数がネプトゥーヌスに転生して魂を癒していくから、そのフォルダーが珍しいわけではないんだけど。でも、これに限っては7次元まできちんと上がってこないな・・・」
「何だろうね。それ、クリスタルを使っても駄目だったの?」
「うーん。何をどうやっても駄目だ。テラのバイブレーションに近いものは感じるんだけど・・・しかもこのフォルダー、すごく重いよ。ネプトゥーヌスで何があったんだろう・・・。
「普通の魂の記録ではないかもしれないから、フェルナンドさんかフローレスさんに相談してみては?」
「やっぱりそうか。ごめん、そっちではこの魂の記録、勝手に見てはいけないんだよね。中を開けなくて正解だったよ。チームに聞いてみる。」
ヨーストは自分のチームの島へ戻っていった。メルクリウスのペリスピリットをまとっていても、ネプトゥーヌスの人達はメルクリウスの重力が聞かないらしく、移動するときは空中をすべるように移動していく。
私のもう一人の同期のヨーストがいるのはネプトゥーヌス・チーム。
責任者はモーリーンさん。午前中に一緒に働かせていただいた人で、愛情深い温かな女性だ。ネプトゥーヌスの人達は押しなべて愛情が深く、転生してくる魂もネプトゥーヌスで癒されることが多い。そのためか、チームの雰囲気も温かく居心地が良い。
メンバーのフェルナンドさんは、惑星間の転生回数が多いベテランの一人。全員ヒューマノイドではあるが、平均身長が7㎝なため、デスクをよく見ないと姿が見えないことがある。デスク周りは紺色で落ち着いた雰囲気がある。
ヨーストからテレパシーが入った。
「千佳、さっき千佳がチェックしていたフォルダーの中、どうだった?これもすごく重いよね」
「重いはず。若いころはかなり過酷な人生だったけど、晩年になって落ち着いたみたいだったよ」
「そうか・・・ありがとう」
ヨーストはそのままフェルナンドさんの所へ行き、何か話していた。
私は業務に戻ったが、先ほどのフォルダーが気になっていた。重いフォルダーは人生で沢山の経験を積んできた魂だ。ヨーストが担当しているのも少し変わった魂の記録の様だ。
その後、ヨーストは私の前の席に戻ってきて、作業を始めた。鍵を作り始めたらしい。
7次元のユピテルの鍵は、フルーツオブライフ神聖幾何学模様とフラクタル幾何学だが、ネプトゥーヌスの鍵にはバティック模様が加わっていると聞いたことがある。
鍵の作業を終えたヨーストはフォルダーを強化する祈りを始めた。
後からヨーストは、先ほど担当した魂のフォルダーの内容をこっそり教えてくれた。その魂は2歳の女の子のものだった。
難産の上ようやく産まれ、それからも何度も病気にかかり、なんとか2歳まで生き延びた。愛情たっぷりの父親や母親、姉、兄、祖父母、親戚、近所の人々や友達に囲まれて、病気と闘いながらも家族に守られ、支えられて育ったようだ。家庭は物質的、金銭的には余裕はなかったものの、家族からとにかく愛された子供だったらしい その一瞬一瞬が鮮明な思いでとして映像や音声の記録に残り、とても通常の2歳児とは思えないような重く厚く充実したフォルダーだったそうだ。
だが、魂の経歴を見ていくと、テラや他の惑星での過去生はどれも重いお役目にチャレンジをしていたようで、戦争、貧困、飢餓、自然災害、孤独、病気、家族との死別などに振り回され、またネグレクトの親の元にも産まれていた。こういう魂は、場合によってはなかなか愛情を十分に感じることができずにいることがある。
厳しい人生のチャレンジを何度も何度も繰り返した魂は、時おりネプトゥーヌスの様な愛情たっぷりの惑星に生まれ変わることがあるらしい。地上でのお役目から逃げず、あきらめずにきちんとやり遂げた事のご褒美の様なものなのだろうか。今朝のモーリーンさんと働いたときには、大量の愛情が私の手に流れ込んできていた。
ネプトゥーヌスは愛情の星でもあり、そこに住む人々は豊かな愛情にあふれている。コスモ全体ではまるで大海の様にゆったりとして傷ついた魂を包み込むゆりかごの様な役目を果たしているようだ。
今日、鍵を破った人は、自分の隠しフォルダーの中身を見てしまったのだろうか。残酷な運命の中で、少しでも自分の過去生にヒントを得ようと、鍵のついたフォルダーを壊してまでも見たかったのかもしれない。今日このフォルダーにいきあたったのは必然だったのだろうか。自分の過去の記録ではあるものの、資料の破損ということでお咎めはあるだろう。
神はすべての事象にやどる。宿っているからこそ、苦しんでいる人のほんの一瞬の心の癒しにつながるのかもしれない。
今日来た閲覧者が心を痛めていないかが心配だが、彼女はネプトゥーヌスでの転生で有り余るほどの愛を受けているはず。次回彼女がトラウマの癒しに端末を検索に来る際は、彼女がネプトゥーヌスのフォルダーに行き当たってほしい。そんなことが頭をよぎった。
(続く)
(このお話はフィクションです。出てくる人物は実際の人物とは一切関係がありません)