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うたかたの…

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短編…より短いかな。小話かな 詩…とか、心のささやきとか
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#時代小説

よるべなき男の・・事情

第伍話:よるべなき男の周辺事情 「必要のないことに、労力は使わない主義なのさ」 男と女の情事を「労力」と申すこの男、ハナブサは食えない男でありました。 ハナブサが料理茶屋に出ている長屋の女に「入れ込んでいる」という噂は瞬く間に広がっていきました。ただひとついつもと違いますのは、普段なら真っ先に騒ぎ立てるお美奈が、必要以上に過剰反応することがない…ということでございました。 通常なら、そんな噂が立とうものならすぐさまその噂の出所にに駆け付け、もとを握りつぶし、盛りのついた獣

よるべなき男の・・事情

第肆話:よるべなき男の心情 枷屋は呉服問屋の傍ら土地家屋を所有する地主でもありまして、自宅の裏手には未婚の奉公人の住まいと、神田や日本橋辺りには所帯持ちのための長屋をいくつか所有しておりました。 この時代地主が直接店子を「管理する」ということはなく、店賃《たなちん》(家賃)の回収等々は差配人と呼ばれる実質的な大家を介して行われておりましたので、地主が出張っていくことは滅多になかったのでございます。ゆえに地主は、奉公人以外の住人の様子を知る由もない…となりますが、ついぞ息子の

よるべなき男の・・事情

第参話:よるべなき男の恋愛事情 「追い出し稼業」は蛇のような吸着で、親し気に近づきながらぬらぬらと、相手の懐に入り込んでは強引に、逃れられない状況を作っていくのが流れでございます。それらは騒音、脅し、嫌がらせと、あらゆる手段を駆使して行われ、じわりじわりととぐろを巻くように周りを巻き込んでいく。その様はまさに大蛇の如く獲物を捕らえて放さないのでございました。 「昨夜のあれはなんだい? 猫の盛りじゃあるまいに」 「一晩中痴話げんか聞かされたよ。あげく…」 「夫婦喧嘩は犬も食

よるべなき男の・・事情

第弐話:よるべなき男の身辺事情 「ハナブサの旦那が行くよ」 「ハナブサ様の御一行だよ」 ハナブサが出掛ける際はいつも、3人のお付きの者を従えておりました。そこに我が物顔でついて歩く女「美奈」。しかしながらハナブサは、蚊蜻蛉同然の彼女のことは別段鼻にもかけておりませんでした。 このところの彼はよく町に姿を現すようになったということで、町の女が浮足立っておりました。 「またあの女…!」 「一体どうやって取り入ったんだか」 美奈にとって、女たちの刺すような視線は、まるで後光のシ

よるべなき男の・・事情

序章:慕情、そして恋情 それは、風の強い日のこと・・・・。 とある屋敷の門前に行倒れがございました。 「奥様…」 そこを通りかかりましたのはそのお屋敷の主…とは申しましても、ほぼ一年ほど前に主人を病で亡くした未亡人でございまして、稼ぎのない未亡人は喪が明けると同時にその屋敷を出ねばならないという身の上でございました。 奥様と呼ばれたその女は、ついとその行倒れの様子を下男に伺わせ、 「こと切れてはいまいか」 そう尋ねたのでございます。 下男は素早くその者の傍らへ、鼻に手をかざ

よるべなき男の事情

《 目 次 》 よるべなき男の素性 よるべなき男の身辺事情 よるべなき男の恋愛事情 よるべなき男の就労事情

よるべなき男の就労事情

ハナブサはいわゆるひとたらしだ ゆえに男にも女にも不自由はしない 彼がひと声掛ければだれひとりとして拒むものはなかった 現在彼は長屋に住む女に恋をしていたが それを恋とは気づかず 同じ長屋に住む年老いた笠職人の娘に入れ込んでいた 娘は浅草から少し離れた「料理茶屋」で働いていた 枷(かせ)屋は呉服問屋の傍ら土地家屋を所有する地主でもありまして、自宅の裏手には未婚の奉公人の住まいと、神田や日本橋辺りには所帯持ちのための長屋をいくつか所有しておりました。 この時代地主が直接店

よるべなき男の恋愛事情

追い出し稼業は蛇のような吸着で、親し気に近づきながらぬらぬらと、相手の懐に入り込んでは強引に進められていくのでございます。それらは騒音、脅し、嫌がらせと、あらゆる手段を駆使して行われ、じわりじわりととぐろを巻くように周りを巻き込んでいくのでございます。 「昨夜のあれはなんだい? 猫の盛りじゃあるまいし」 「一晩中痴話げんか聞かされたよ。あげくにゃ…」 「夫婦喧嘩は犬も食わねぇともいうが、ありゃひどい」 「仲がいいんだか、わりぃんだか、聞かされるこっちはたまらんね」 ここ最近

よるべなき男の身辺事情

男は周りの人間から「ハナブサ」と呼ばれていた 正体を隠しているわけでもないが、 ひとによってはその名を使い分けられていた 年齢不詳、国籍不明、ジャンルの当てはまらない職業 謎の多い男ではあるが だれもが口を揃えて言うには、 とにかく「イケメン」である…ということだった 一見遊び人風情ではありましたが、仕事に際しては大変生真面目…と、いいますのもハナブサはなかなかに厳しい目をお持ちでございましたから、仕掛けの最中は特に人を寄せ付けない峻厳さ、鋭敏さが窺えたのでございます

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よるべなき男の素性

江戸のとある町はずれに、その姿を見るだけで溜息の出るような見目のいい男が棲んでおりました。その者が町に出る際はいつも腰ぎんちゃくがついておりまして、とはいえそれらは友でも身内でもない「生きた壁」の如く男を囲んでそぞろ歩いており、なんとも異様な光景でもありました。男はそれを由とするわけでも甘んじる様子もなく、彼にとっては腰にぶら下げる印籠か煙草入れの根付けの如く、そこにあるのは主従関係のみでございました。 そんなわけですから、 「あ~また今日も伴をお連れだ…」 「芝居見物にで

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