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「頭のいい人」が好きです。

毎朝、散歩をしている。

途中、たまに通るところがある。

文京区小石川にある、作家、立花隆さんの事務所の前だ。

読書好きのご主人が、本に囲まれて暮らしたいという欲望をそのまま具現化してしまった、いわゆる「本の館」だ。
猫好きのご主人の趣味か、壁面いっぱいに猫の顔が描かれていて、周囲の人からは通称「猫ビル」と呼ばれている。

たまに早朝、ご主人とすれ違ったりするが、いつも大きな袋を抱えておられて、多分あの中にまた沢山の本が入っていて、それがすべてあの頭の中に吸い込まれるのかと思うと、つくづく「凄いなあ」と思う。


ところで、僕は「頭のいい人」が好きだ(笑。


「頭のいい人」というと、何か「ずる賢い人」を連想する方もいるかもしれないが、本当に「頭のいい人」というのは案外「素直」、というのが、20年近く店をやっている僕の印象である。

お酒の説明なども偏見なく聞いてくれるし、される質問も実に屈託がない。

僕自身もそんな「頭のいい人」になりたいと常々思っているのだが、何かの本に「悪い頭は良くならない」と書いてあったので、ここだけは「頭のいい人」を見習って、「素直」に諦めることにしている。


話は変わって、随分昔に戻るが、僕の通っていた高校は、数学の時間、生徒にそれぞれ問題を割り振っておいて、後日、黒板の前で解答を発表させるという方針をとっていた。
これがまあ、僕のような数学が苦手な生徒にはすこぶる不評で、毎回自分の番が来る日は憂鬱な面持ちになっている輩も少なくなかった。

さて、そうこうしているうちに僕の割り当ての日が近づいて来た。なんとか自分で問題を解こうとするのだが、いかんせんもっとも苦手とする代数幾何。何時間どころか何日やっても解けない。時間は迫る。たまりかねて学年随一の秀才に助けを求めると、二つ返事で快く請け負ってくれた。


さて、例の問題を手渡して十数分後。


問題の書かれた冊子を持って、僕のところへ戻って来ると、

「健吾。これ、いい問題。」と言った。


そして、目の前でノートを使って、発表するときと同じように、順を追って解説してくれると、あらま、どうでしょう。

数学の苦手な僕でも、スラスラと理解できる明瞭さ。それでいて、どこにも穴のない周到さ。美しさすら感じるその解答に、すっかり魅了されてしまうではありませんか。

しかも、最後には問題の作成者を賛辞するオマケ付き。

自分でこの美しい解答にたどり着けたら、どんなに気持ちよかったろうと思うと、少し悔しい思いが残ったのは否めませんが、もう時間がなかったのだから仕方ない。


ありがとう。秀才くん。僕は君のことが好きだ。


そして発表当日。 

僕は、秀才くんの解説通り、首尾よく事を運んだ。


すると、どうだろう。

先生も教室も、一瞬ポカンと沈黙。


おもむろに先生が第一声を上げると、

「嬉しくなっちゃうよね。こう見事に解かれると。」


どうも、この解答の美しさは僕だけのものではなかったようだ。


教室中の反応を後ろの席で見ていたその秀才くんも、少し得意そうだった。


そして、何よりの特典だったのは、

いつも黒板から一番近い最前列に座っている、可愛くて成績優秀な才女が、思わず「へえ。随分簡単に解いたわね。」と感嘆の声をあげたことだった。

クラスで下から数えた方が早い成績だった僕に、自力でこの問題を解けるはずはないと、先生をはじめ、クラスの面々も薄々感づいていたとは思うが、そんなことは彼女にとってはどうでもよいことだったのかもしれない。



時は経って、


頭を使う仕事は無理だろうということは重々分かっていたので、

なるべく体を使う、BAR なんぞをやっております。
(全国の頭脳派BARの皆様。無礼をお許しください。)


でも、あの時、僕のことを褒めてくれた才女も、今では立派なお医者さんになり、「いいお店ね」と、時々飲みに来てくれています。

もしかすると、今でも僕があの美しい解答をしたのだと、「素直」にまだ思ってくれているのかもしれませんね。


やっぱり

「頭のいい人」が好きです(笑。


神保町へお越しの際は、是非お立ち寄りください。

「難しい問題」の相談には乗れませんが、

お待ちしております。


Who is She / Phlocalyst
S!X - Music
2018

(本文の最後に、お店でよくかける音楽を紹介しています。お家でお酒を飲まれる際に是非どうぞ。今度お店に聴きに来てくださいね。)

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