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全てを失った先にある希望。太宰治「パンドラの匣」を紹介。

 どうも、宇宙ゴリラです。本日は太宰治の「パンドラの匣」という作品を紹介したいと思います。パンドラの匣は、太宰治作品の中でも爽やかで希望に満ちており、元気がでないときこそ読んで貰いたい作品です。


パンドラの匣ってどんな作品?

「パンドラの匣」は、太宰治が1943年に書き上げた小説です。太宰治のファンで読者であった木村庄助の病床日記がもとになっており、1945年から地方紙「河北新報」に掲載されました。木村庄助は病苦に苦しんでおり、カルモチンを使って自殺をします。彼の死後、遺言に従い12冊の日記が太宰に送られ「パンドラの匣」執筆に至りました。

簡単なあらすじ

「健康道場」という名の結核療養所を舞台に繰り広げられる恋愛模様を通じて、主人公「ひばり」の成長を描く。友情あり、失恋あり、成長ありの青春ストーリー。

主要な登場人物

・ひばり(小柴利一)
二十歳。中学校卒業時に肺炎にかかり、喀血してたことを両親に隠していたが、終戦をきっかけに打ち明け「健康道場」に入る。親友の「君」に宛てて手紙を書いている。

・越後獅子(大槻松右衛門)
ひばりと同室の、どこか凄みを感じさせる寡黙な中年。

・マア坊(三浦正子)
健康道場の看護師。丸顔で色白の十八歳。お喋りで可愛らしく人気がある。

・竹さん(竹内静子)
健康道場の看護師。大変働き者で、てきぱきとしており人気がある。どこか気品を感じさせる人物。

主人公「ひばり」が魅力的
 

 「パンドラの匣」という作品の魅力は色々ありますが、僕が思う最大の魅力は主人公の「ひばり」という存在です。彼のキャラクター性が「パンドラの匣」という作品の面白さを加速指せているように思います。ということで主人公「ひばり」の魅力を語っていきたいと思います。

   主人公の「ひばり」は中等学校を卒業し、肺炎のため高等学校に入り損ねて途方に暮れていた20歳の少年。ある時、喀血をして命の危険を感じますが人生に絶望していた彼は、誰にもそのことを打ち明けずに死のうとしていました。しかし、戦争が終了したことで希望を見出し、喀血があったことを両親に打ち明け「健康道場」に訪れることにります。「健康道場」に来るまでは死にたがっていたせいか、かなり斜に構えた物の見方をしており、言葉遣いもやや乱暴な感じがします。ただ、いざ恋愛となると、マア坊と竹さんという二人の女性の間でドギマギしっぱなしで年相応の姿を見せてくれます。「好きだけど好きとはいえない」とか「好きな人の前ではカッコをつけてしまう」とか男性なら一度は経験する、あるあるが上手く表現されています。恋愛に対して、あたふたしている姿は読んでいて面白くて彼にどんどんと感情移入してしまいます。

絶望の中にある希望

 ひばりの魅力は、少年らしさを残したフレッシュな感性だけではありません。彼の最大の魅力は絶望的な状況においても希望を失わない強さにあります。彼は当時、治る見込みの低かった「結核」という病気を患っており、いつ死んでもおかしくない状況です。また、世間も敗戦直後であり、日本中に暗い雰囲気が漂っていた時代でもあります。状況だけ見ると「ひばり」は絶望に打ちひしがれていてもおかしくないのですが、彼はそんな様子を一切感じさせません。絶望的な状況にありながらも、恋愛にいそしんだり、新しい時代に希望を感じたりしています。

失恋とかるみ

 物語の終盤でひばりは大失恋を味わいます。友人である「君」に当てた手紙の中では、美人ではないと説明していた「竹さん」ですが、実は大層な美人でひばりは竹さんのことが好きだったことが判明します。ひばりは、失恋によってショックを受けて涙を流しますが、マア坊の笑顔によって立ち直ります。この失恋を経験して、ひばりは自分という存在が完成したという満足感を得ます。

 この完成したというのは作品内に登場した「かるみ」という考え方が反映されています。「かるみ」とは松尾芭蕉が晩年に到達した考え方で、日常的な題材の中に美しい美を見出し、それを冷淡に表現する姿とされています。作中ではこの「かるみ」という言葉を、全てを失ったものがたどり着く「平安」であるとしています。ひばりは結核と失恋によって全てのものを失い「かるみ」に到達したと考えられます。「かるみ」に達したひばりの姿は、爽やかで一皮むけた大人の男に見えました。

 絶望的な状況においても、前を向いて成長する「ひばり」という主人公がとても魅力的で読んでいてとても面白い作品でした。嫌なことがあったり、落ち込んだ人にこそ読んでもらいたいおススメの作品です。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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