犯罪スレスレの珍作。太宰治「女の決闘」
既存の作品を題材に、新たな作品を生み出すことは、文学の世界では珍しいことではありません。有名なところでいうと芥川龍之介の「羅生門」や森鴎外の「山椒大夫」などがそれに該当します。しかし、これらのオマージュとも言える作品が許されているのは、基になった作品が古いものだからです。作者が死んだり、作者が誰か分からないからこそ文句を言ってくる人がおらず、オマージュが可能になります。
しかし、今回紹介する「女の決闘」はそんな常識をぶち壊した問題作です。こんなことやっていいのか?と言いたくなるような事を太宰治がやっちゃてますので、紹介していきたいと思います。
「女の決闘」誕生の経緯
ある日、太宰治は森鴎外が翻訳したドイツ人作家の小説を読んでいました。その小説は、ヘルベルト・オイレンベルクという日本ではほとんど知られていない作家が書いたもので「不倫に手を染めた夫の妻が、夫の不倫相手の女学生に向けて拳銃を用いた決闘を申し込む」という内容でした。
不倫に手を染めた夫の妻は拳銃を購入し、発砲する練習をします。太宰治はこの描写が妙に生々しいので、「作者が実際に体験したことでは?」と想像を膨らませます。
そして太宰は、「この小説の中の、『不倫に手を染めた夫』というのは、作者ヘルベルト・オイレンベルクそのものではないか」という疑惑を打ち立てます。その疑惑を元に、太宰はヘルベルト・オイレンベルクの小説を基に加筆を重ねていき「女の決闘」を1940年に発表します。
冒頭で述べた通り、既存の作品を基に小説を書くことは珍しい話ではありません。しかし、太宰は作者が存命のうちに、しかも勝手に小説を改変して発表しています。これはどう考えてもアウトです。現代なら、著作権の観点から訴えられていてもおかしくはありません。
太宰治の言い訳
「女の決闘」は、ヘルベルト・オイレンブルグの小説を無断で下敷きにし、「原作者であるヘルベルト・オイレンブルグは不倫に手を染めた」という設定を追加するという試みがなされた問題作です。流石に太宰治もヤバいことをしているという自覚があったのか、作中で長々と謝罪をしています。しかし、その長い謝罪を読んでみると途中から「この作品には大変なげやりな点が多いので、惜しいと思って書き直した」と開き直り、文句を言っています。以下本文引用⇩
それに、この原作は、第二回に於いて、くわしく申して置きましたように、原作者の肉体疲労のせいか、たいへん投げやりの点が多く、単に素材をほうり出したという感じで、私の考えている「小説」というものとは、甚だ遠いのであります。もっとも、このごろ日本でも、素材そのままの作品が、「小説」として大いに流行している様子でありますが、私は時たま、そんな作品を読み、いつも、ああ惜しい、と思うのであります。口はばったい言い方でありますが、私に、こんな素材を与えたら、いい小説が書けるのに、と思う事があります。素材は、小説でありません。素材は、空想を支えてくれるだけであります。私は、今まで六回、たいへん下手で赤面しながらも努めて来たのは、私のその愚かな思念の実証を、読者にお目にかけたかったが為でもあります。
謝罪していると思いきや、文句を言って開きなおる太宰治。原作者の「ヘルベルト・オイレンブルグ」からすれば、無茶苦茶言いやがって感じではないでしょうか。笑
太宰治Verと原作の違い
森鴎外が翻訳した「女の決闘」を読んでから、太宰治Verの「女の決闘」を読むとまず、分量の違いに驚かされます。原作「女の決闘」かなり短いストーリーで綺麗にまとまっているのに対し、太宰版「女の決闘」はかなり加筆されており話が入り組んでいます。しかし、太宰Verには、彼独特の皮肉やユーモアが織り込まれているので、読み終わりの満足感はかなり高くなっています。どちらが好きたと言われると、個人的には太宰Verの方が、終わり方が綺麗で好みでした。
「女の決闘」の残念な点
誕生の経緯も興味深くて、内容も面白い「女の決闘」ですが、誰にでもおススメできるの作品かと言われるとそれには疑問が残ります。そもそも、太宰Verの「女の決闘」を読むには、森鴎外の「女の決闘」を読んでいなければなりません。厳密には、読まなくても良いのですが、読んでいないと楽しめない部分があります。なぜなら原作を知らないと、太宰がどんな部分に加筆を加えたのかが分かりづらいですし、何より話の筋が理解しづらいのです。
「女の決闘」にはもう一つ残念な点があります。それは、構成がややこしいという点です。太宰Verの「女の決闘」は、全6章から構成されており、章の始まりは毎回、太宰の語りが記されています。つまり、太宰の語り(謝罪や作品誕生の経緯)と小説という二つのパートによって構成されているのです。太宰の語りと加筆した小説という構成はやや分かりづらいので、読む人は選ぶだろうなという印象を持ちました。
総評
「女の決闘」は太宰治が、ドイツの作家「ヘルベルト・オイレンブルグ」の作品を無断で下敷きにして書いた小説。誕生の経緯、内容、共に面白いが読みづらいので万人におススメはしない。でも、ハマる人にはとことんハマる作品だと思います。
印象に残った一節
女は、恋をすれば、それっきりです。ただ、見ているより他はありません。