海の仙人 絲山秋子
海の仙人 雉始雊(きじはじめてなく)
絲山秋子
宝くじで3億円を当てた河野勝男は仕事を辞め、
敦賀半島で独り暮らしをしている。
ある日、神様・ファンタジーが河野の元を訪れ同居生活が始まる。
そんな河野に想いを寄せる2人の女性との間で
彼は何を思うのだろうか…。
読み終えた最初の感想としては、
終着点がないような感覚があった。
それはハッピーエンドでもなく、バッドエンドでもなく、現実的な日常を送っている姿で物語が幕を閉じるからだと思う。
ただこれが現実であり、人間の最後は決して美しいものでも、最悪なものでもなく、ただ日常の中で忽然と姿を消していくのだなと感じた。
以下ネタバレあり
【河野に好意を寄せる女性2人】
中村かりん
ある日河野は中村かりんという1人の女性と出会う。2人は惹かれ合い、付き合うことになる。
大手の輸入住宅会社の課長を務めており、仕事熱心である。
片桐妙子
河野が銀座のデパートで働いていた時の同期。
片桐は河野に想いを寄せている。
だが自分の願いが叶わないことを知っていて、それでも思い続けている。
一見大雑把な性格に見えるが、自分に自信がなくそんな自分を肯定してくれる存在が河野である。
【河野の過去】
河野は幼少期に姉から近親相姦を受けたことがトラウマとなり、人に触れることを避け続けてきた。それは恋人であるかりんにもである。
かりんは乳がんになり、がんが転移し余命半年と宣告される。かりんが亡くなった後、河野は手前勝手だったと反省する。
かりんがあの夜「抱いて」と言ったのは、
胸を摘出する前に自分の身体に触れて欲しかったから。もし自分が触れることを拒まなければ、早期にかりんの乳がんに気づくことができたかもしれない。
結局河野は自分のことしか考えていなかったことに気づく。
【神様・ファンタジー】
作中河野は何度かファンタジーに助けを求める。
困った時、神様ならどうにかできるだろうと縋るように。
ただ、ファンタジーにその願いは叶えられない。
最後河野は雷に打たれ、失明する。
それはつまり「光」を失ったということ。
ファンタジーの語源は、ギリシャ語のphōs「光」である。
謎の正体ファンタジーは我々人間にとって「光」なのかもしれない。
「人間が生きていくためには俺様が必要なのだ
おまえさんのこれからもそうだ。
生きている限りファンタジーは終わらない。
決して消えない。」
河野が失明して光を失うことは、
大きな意味を持っているのではないか。
失明して光を失った河野の隣にファンタジー(光)が現れる。
そこで河野はせめて海でも見せてくれるのではないかと希望を見出すが、ファンタジーは海を見せてはくれない。
人間は絶望するような事があっても、生きている限り決して希望の光は消えない。
私の勝手な解釈だが、そう受け取った。
人は孤独な生き物なのだ。
孤独という荷物を抱えながら生きていかねばならない。
だからこそ人生に光を求めるのかもしれない。
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