ちびたの本棚 読書記録「そして誰もいなくなった」アガサ・クリスティー
とにかく最初から最後まで不穏な空気に満ちている。1ページ足りとも気が抜けない。
一人また一人と島に招待された客が減っていく。その度に残された者たちの猜疑心と不安が増す。姿の見えない敵に対し、ついさっきまで共に怯えていた仲間が、次の瞬間に殺人鬼に豹変するかもしれないのだ。
招待客の罪状を告発する録音された「声」が恐ろしい。年齢や性別を推測できない無機質な声。映像作品で声そのものを聞くより、文字で読む方がはるかに気味が悪いと思う。
悲惨で緊迫したシーンが続くのに、そういう描写に弱いわたしがクリスティの作品を読めるのはなぜか。翻訳モノで設定が現代ではないという、実生活からかけ離れているのも理由の一つかもしれないが、きっとこれがアガサ・クリスティの筆力なのだろう。今のところ読んだ彼女の作品では、たとえ多くの人物が死んだとしても、なぜか読後感が良いのが不思議だ。
この作品でハッとした文章がある。
島に来てひと息ついたアームストロング医師が海を眺めながら思いにふける。
「とはいえ今夜は二度と戻らない気分でいよう。ロンドン、ハーリー街、世の中のいっさいのことから縁を切ったつもりで…」
彼のこの思いはずっと深いものからきているのだけれど、休暇を過ごす心持ちとしては実に理想的だと思う。
せっかくの休みなのに、仕事や日常の雑事が頭から離れないことがある。
休日や旅に出たときは、ぜひアームストロング医師をお手本にしたいものだ。