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美味しい食べ物が切り抜く日常の一瞬と心のドアノブ【読書記録】

 美味しい食べ物が、主人公たちの日常を切り抜き、思わずこちらの胸が熱くなる瞬間が、

 私は好きだ。

いろいろな本との出合いを通して、それが確信に変わった時、この記事を書こうと思っていた。

 振り返ると、私の日常は、いつも本の主人公たち、またその生みの親である作家さんたちとのかけがえのないリレーのようなものだった。

 繰り返しバトンをつないでいく。ふと足元を見つめていた視線を上げると毎日違う景色がそこにはある。

 私を慰めてくれるような夕焼け色の時もあれば、新たな始まりを祝うような快晴、そして濃い霧の中に迷うことだってある。

 そしてそれは迷いなく、これからも確実にそうであると言えることだ。そしてそうであってほしいという願いでもある。

 繰り返しになるが、本の中に出てくる食べ物はその瞬間、瞬間を写真のように切り抜き、心のドアノブに題名をつける。そんな確信の種を蒔いたのは、この本だった。


『秘密の花園』 人生を生きる

 バーネット作、秘密の花園を読んだのはまだ6歳だった。主人公メアリのわがままな具合に辟易しながら読み進めた。カラーの挿絵が今でも思い出される。

 両親を失った少女は、英国での新たな出会いと交流の中で、穏やかに自分自身を花を開いていく。

 日常を積み重ねていく、たったそれだけのことかもしれないが、メアリは変わっていったのだ。

 痩せっぽちだったメアリが、栄養満点のご飯と花園での冒険によって変わっていくことは、子どもながらに美しいと感じたのを未だに思い出す。

 文字が浮かび上がらせた花園の片隅で健康的なメアリが私の手を取って案内してくれるように感じたものである。

 私の読書好きの原点ともいえる一冊。

 確信の種から芽が出たのは、この本との出合いである。

『キッチン』 愛だね

 祖母を亡くして天涯孤独になったみかげと、生物学的には父だが、美しい母をもつ雄一。若い2人の友情とも恋愛ともいえる関係性がどこか歯がゆく、どこか懐かしくなる。

 みかげが旅先で食べた、熱々のカツ丼。彼女は、それを雄一の分も包んでもらい届けるのだ。

 あのカツ丼を私は、食べてはいない。しかし、あの夜に思いを馳せるとなぜか自分の物語のようにも感じるのだ。

 感じたのが、深い愛だと気づくのに時間はかからなかったように。

 芽はやがて、つぼみをつける。その本がこちらである。

『ヴァン・ショーをあなたに』 やさしさもあなたに

 ビストロ パ・マルシリーズ。この本のシリーズは日本でドラマにもなったようですね。

 今作のタイトルにもなっているヴァン・ショー。ホットワインを意味するこの冬の風物詩。寒い冬のささくれだった心にも染みる一杯。

 文字を追えば追うほど、染み渡るやさしさ。その隣には誰かともしくは一人で飲みたいヴァン・ショーといった具合に。

ついに蕾は花となる。その初めの一冊が最近読んでいるこちらである。

『カフネ』 つぶれてなんかいないんだ。

 本屋大賞ノミネート作品である。ちなみに阿部暁子さんの作品は初めて読む。

 私が確信に至ったのはこのシーン
主人公薫子と亡くなった弟の元恋人の小野寺せつなとの一連のやりとりである。

 薫子が自身の41歳の誕生日にスーパーマーケットでイチゴのケーキを買うのだが、突然のインターフォンに驚いて、落としてしまう。

「ちょ、何も泣かなくても」
「だって、ケーキがぐちゃぐちゃなのよ・・・・。」
「それ、さっきも言ってましたね。ケーキがどいしたんですか?」

『カフネ』より引用

 このやりとりのあと、弟の元恋人である小野寺せつなが、このケーキをみごとにパフェにするのだ。

パフェはフランス語でパルフェ(完璧)を意味する。つぶれてなんかいない、そのままの自分で進んでいけるんだ、そう背中をぐっと前に押してくれるシーンである。

おわりに タルト・タタンを作るのは

 この記事の最後には、最近ハマって制作しているタルト・タタンについて書く。タルト・タタンはシンプルに説明するとタタン姉妹の失敗から生まれたアップルタルトである。

 アップルパイとも違うこのお菓子は、失敗から生まれたものであるが、かなりの手間がかかる。そしてこれは決して失敗なんかじゃなくて、あらたな発見になったのだと思う。

 作れば作るほど、その過程にハマっていく。不思議なお菓子である。

 そんな私が次に読みたいのがこちら。

 心のドアノブにはいくつものカードが下げられていて、食べ物との人の気持ちが紡いだものは数え切れない。

 だから、私は本の中で味わったものは、作ってみたいし、食べてみたいとも思うのである。それがこれからも好きであるという確信につながると信じている。

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