見出し画像

お仕事小説から自分を振り返る『ゆびさきに魔法』三浦しをん

 三浦さんの言葉選びが、子どもの時から好きだ。

 もしタイトルが『ゆびさきから魔法』だったら、また違った要素が含まれるだろう。一種の魔法使いが、この世を救う小説になっていたかもしれない。

 はたまた『ゆびさきへの魔法』だったら、ネイルにもっと特化した内容だったかもしれない。本を読む醍醐味は、タイトルへの深い思考も養わせてくれるところにもある、と勝手に思っている。

 1週間ほどかけて、昨年11月に出版された、この三浦しをんさんの『ゆびさきに魔法』を読んだ。ネイルアートを軸としたお仕事小説なのだが、主人公・月島の視点から、一つもぶれないで描かれるのが個人的には好きだ。

 よく、主人公が複数人出てくると、章ごとにそれぞれの主人公ごとの視点で描かれる作品も少なくない。私はあれはあれで好きなのだが、やはり一点集中といった具合で、物語が進んでいく作品の方が、感情の機微を深く感じられるように思う。

 読書メーターに投稿した感想はこちらから

 ゆびさきにかけられた魔法は、ネイルをオフしてもなお、輝き続けることでしょう。ネイルは単なるアートなでなく、コミュニティやその中での人同士のコミュニケーションの中で深まっていく、宇宙のようなものかもしれない!と深く考えた。作中、私の印象に残ったのは、月島が大沢を修行に出すシーンである。ジーンと胸にくる、感慨深いものがあった。強い仲間愛、人間愛を感じた。私もこれからの生活で、そんな愛を育み続けたい。三浦さんのエッセイと合わせて読むと、さらに面白いのでおすすめします。キラキラと魔法にかけられたひとときでした。

『ゆびさきに魔法』三浦 しをん
#読書メーター
https://bookmeter.com/books/22244341

仲間に対する愛情と未来への信頼

 物語の終盤、主人公の月島は、後輩ネイルリストの大沢をかつてコンビを組んでいた仲間のところへ修行へ出す。

 私は、月島の懐の深さと仲間に対する愛情を強く感じた。自分のところにいるだけでは、この子の才能開花は止まってしまう、よりより環境でさらに技術や腕に磨きをかけてほしいという、師匠から師弟への深い深い想いである。

 私自身にも似たような経験があったから、さらに感慨深いものがあったのかもしれない。

 今の道に進んだ時、といっても人よりも遅くて新卒も当に過ぎた年齢だったのだが、指導してくれた師匠のような2人の先輩がいた。私が、ピチピチの新卒でなかったのもあって、業界の中でも扱いに困ったところもあったかもしれない。しかしながら、自由の中で時に厳しく、時に優しく導いてくれた。

丁寧さに対する肯定

 少々石橋を叩いて、なのにも関わらず勢いよく渡るところがあった私。これは、仕事に対しても遺憾無く発揮されているように、今でも思う。

 そんな姿を先輩は、「そこまで準備するの?」といった視点ながらも、温かい目を向けていたように思う。つまり、それに対する肯定をいつも欠かさなかったと言うことである。

 もっと力を抜いたら、とか大体で考えたり、実行する力も大切だよ、とかという視点もあると思うし、正しいこともあるだろう。しかし、この丁寧さに対する肯定が今の自分を作っていると胸を張って言える。

 よくマメだね、とも言われるし、そこまで俺は(私は)できないわ、そんなこともよく言われる。

 しかし、意を決してやっているわけではないのである。つまり、足掻いても喚いても、これが私なのである。

 作中、月島が、主要人物の1人である下村に

 「江利も言ってたけど、私も、あなたの丁寧で正確な施術が好きってこと。」と投げかけられる。

 そんな主人公に自分を投影できたようにも思った。自分が自分でしかないし、ないものを生み出す力技を会得するのではなく、あるものを磨いて勝負しようと言ったところではなかろうか。

今できなくても、5年後、10年後

 これもまた、私の先輩が私が自分の理想に辿り着かなくて、アップアップして泣き言を言っていた時に励ましでくれた言葉である。

 今できなくても、5年後同じような仕事をした時、どうだろうか。
 10年後は、どんな視点を持ってその仕事と向き合っているだろうか。


 もうすぐ、今の業界で働いて10年。一つの区切りの前に私はこの作品と出合えて良かったと思っている。

 ネイルでいえば、オフするまでがその魔法ではなくてオフした後も、解けない魔法のように残る作品を残せたのなら、大成功なのだと思う。

 読み終わった今、Enchanted 魔法にかけられてと訳されるこの言葉がピッタリくる。

いいなと思ったら応援しよう!

家出猫
サポートありがとうございます。感謝です。

この記事が参加している募集