YOU ARE MY SINGER【音楽の神様に乾杯!~サザンと僕の30年ほどの逢瀬の日々~⑥】
2008年5月、僕は絶望していた。
『サザンオールスターズ、今年の活動をもって無期限の活動休止』
列島中を駆け巡った報道は、ついでに立ち寄った僕の心を直撃し、切り裂いた。今なら「そんな大げさな」と笑い飛ばすこともできる。しかし当時は、このまま事実上の解散になるのではないかという不安が消えることはなく、日々増幅するばかりだった。
僕は社会人3年目を迎え、ライターという仕事に少しずつ慣れてきた頃。彼女もできて、給料は少なったけど、公私ともに楽しく充実していた気がする。そんな中でのサザンショック。サザン30周年も重なり浮かれていた僕は、奈落の底に叩き落とされたような感覚を味わった。
これはライブに絶対に行かなきゃいけない。日産スタジアムで、前代未聞の4daysライブが開催されることが発表された。関西に暮らす僕にとって、日産スタジアムのある横浜は近くない。チケット争奪戦に何とか勝利した僕は、彼女と一緒に夜行バスで横浜に向かった。
このとき旅行を兼ねて前乗りし、桑田佳祐が生まれ育った町・茅ケ崎に足を運んだ。サザンビーチちがさきで2人乗りの自転車をレンタルして、茅ヶ崎の町を巡る。桑田佳祐の母校や「清月」にも行き、そのまま江の島まで海岸線を漕いで、そこから江ノ電に乗った。真夏の8月、気づけばサザンの楽曲を脳内再生する余裕がなくなるほどの猛暑で疲れたけど、若さゆえできた良い思い出だ。自転車を漕ぎながら目で見て肌で感じた茅ヶ崎の町の風景やそのときの暑さは、今でもありありと思い出せる。
そして訪れた日産スタジアム。長時間に及ぶライブは「歌」のオンパレードだった。3大バラード『いとしのエリー』『真夏の果実』『TSUNAMI』から、腰痛で休んでいた毛ガニさんが途中参加しての5人での『I AM YOUR SIGER』で、アリーナに立つ僕の涙腺は決壊した。
『伝説のLiveなんかにしません。単なる通過点です。また新曲作れるようになったら戻ってきます』
桑田さんの言葉は決して嘘ではなく、その通りだったけど、ライブ直後は何かを見送ってしまったような、何かに大きなピリオドが打たれたような、楽しい余韻の中に寂しさが込み上げてきて感情がぐちゃぐちゃしていたから、結果的に僕の中では最も印象深いライブになっている。
感情のまま素直に泣けたのは、それも若さゆえのことだったかもしれない。年を重ね、涙腺が緩くなっているのも否めないが、それ以上に理性が働き、恥じらいや躊躇いを意識してしまって、泣けなくなっている。それも成長の証として悪いことではないと思うけど。
それともうひとつ。若さに加えて、隣にいてくれた人のおかげかもしれない。付き合った当初から不思議とすべてをさらけ出せていたらから。一緒に茅ヶ崎を巡り、日産スタジアムでのライブに参戦した彼女は、今の妻だ。サザンが好きなことを含めて、僕という人間を丸ごと肯定してくれている。
思い出の『I AM YOUR SIGER』は、結婚式のエンドロールで流した。僕らの結婚式のBGMは、すべてサザンだった(一部、桑田佳祐や原由子の楽曲あり)。結婚式の少し前、桑田佳祐のラジオ『桑田佳祐のやさしい夜遊び』に結婚報告を送ったところ、なんと読んでもらえて、桑田さんやその日ゲストで来ていた原坊から「おめでとう」とラジオで祝福していただいた。まさに一生の宝物だ。ラジオを聴きながら、妻と歓喜した。
『僕の生きがいは、数えきれないその笑顔』
僕にとって、このフレーズから感じてしまうニュアンスはひとつではない。
(つづく)
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