パン職人の修造89 江川と修造シリーズ Emergence of butterfly
東南駅の西にある東南商店街で一際賑わうパン屋のパンロンドでは、柚木親方と奥さん、藤岡恭介、杉本龍樹、そしてたまにしか出てこないが田所修造の先輩の、佐久山浩太と広巻悠二が『修造と江川の世界大会一位おめでとうパーティー』を計画していた。
「ここでやりますか?」
「座れるとこがいいかな」
「近くの店でいいところある?」
「いつもの居酒屋は?」
「パーティーと言うより飲み会だな」
などなど
親方は早速駅近の宴会場がある居酒屋に電話して予約していた。
「よし!明日は江川と修造が来るし、仕事が終わったらそのまま直行だ」
それを聞いて藤岡は「俺明日休みなんでそこに直接行って良いですか?」と聞いてきた。
「勿論いいよ、じゃあその時間に待ってるからな」
「はい」
それを聞いていた杉本は質問した。
「ねぇ、藤岡さん」
「なんだよ杉本」
「いつも休日は何やってんですかあ?」
「パン屋さん巡りかな?パン屋の数は凄い多いから中々巡り切れるもんじゃない」
「新しい店もどんどん増えてますもんね」
「そう」
「お土産買ってきて下さいね」
「厚かましいなお前」
ーーーー
次の日、藤岡は朝9時頃パン屋巡りに出かけた。
行ったことのないエリアを攻めようと東南駅から快速列車に乗り、途中乗り換えて普通電車で40分程の比較的田舎の長閑な駅に降り立った。
駅からパン屋までの動画を歩きながら撮って店の前まで来たらちょっとパン屋の外観について説明。店内の動画は撮らず買ったパンを近くの公園で紹介する。
それを帰ってぼちぼち編集してアップする。
それが藤岡の休日の過ごし方だった。
「ちょっと買いすぎちゃったな。あまったから杉本にやろう」1人そう言ってパンをバックパックの上の方に入れた、
動画を撮り終えて公園から出る。
しばらく歩くと大きめの川が流れていて、橋を渡って右に曲がると駅だ。
「おや」
藤岡は橋の真ん中で髙欄に手を掛け、じっと立って川を眺めている女の子を見つけた。
女の子と言っても高校生か大学生かと言った感じ。
あの感じは飛び込む感じなのかなあ。
藤岡は川の水量を見た。
結構深そうだしまあまあな流れがある。
おいおい。
手すりに手をかけるな。
覗くな川を。
そう思って歩いていると、とうとう女の子の後ろに来てしまったので「あのさ」と声をかけた。
「ひょっとしてだけど飛び込む気?川は冷たいし溺れたら苦しいよ?息ができないんだからさ」
その女子はギクッとして手摺から手を離し、泣き腫らした顔をこちらに向けた。
このまま自分が立ち去ったせいで、気を取り直してもう一度川を覗かれたら困るな。
「ま、どこかで落ち着いて話そうか」と言って一緒に橋を渡りきろうとする。
失恋でもしたのか、2人で歩いてるところを誰かが見たら自分が泣かせたと思うのか。そんな事が頭に浮かんだ。
とりあえずどこか落ち着けるところを探さないとだけど俺土地勘ないしなあ。
「カフェでも入る?」と言ったら、女の子は急に立ち止まりまた泣き出した。
え?カフェが地雷?
仕方ない。
藤岡はこのまま見知らぬ人物の人生相談をするかどうか迷った。
「君高校生?家族とか親身になって相談できる人はいないの ? 」
「お父さんやお母さんに言ったら心配かけるから」
「そんなに深刻な事なの?俺さあこの町の人間じゃないから言いやすいかも。話せば楽になるんじゃない?」
失恋の痛手も時間が経てば忘れるのかなと思いながら藤岡は川からはちょっと離れた土手の方に誘導して眺めの良いベンチに座るよう促した。
「俺は東南駅にあるパンロンドって店のパン職人藤岡恭介。君は?」
「私は、、、花嶋由梨と言います。高校を4月に卒業してカフェで働いていたんです。でも今日辞めてきました」
「なんだろう?労務問題?」職場のいじめか何かと思い藤岡は聞いた。
「私には小さな頃から黒い噂が付き纏っていて、この町にそれが蔓延した事があるんです」
「噂?どんな?」
「私の実家は花装(はなそう)と言う着物屋なんです。父と母が着物関係の物を販売しています。近所にある福咏(ふくえい)と言う着物屋がうちを目の敵にしていて。小さい頃からその店の前を通るといつも罵声みたいな言葉が聞こえてくるんです」
「うん」
てっきり恋愛のもつれかと思ったら全然違うのかと思い藤岡はじっと聞いていた。
「罵声の内容は泥棒とかこの道を歩くなとかでした」
「えっ ? その店の人間が君に向かって?」
「私その道が嫌で他の道から通るようになって、そしたら私が通る所の人達に何か噂をしていて、こちらを見て何か言ってるか聞き耳を立てたらやはり手癖が悪いとか泥棒って言ってたんです」
「え?何それ。失礼だけど別に泥棒じゃないんでしょう?」
「私そんな人間じゃありません」と言ってまた泣き出してしまった。
「ごめん、今の質問は悪かったね。謝るよ」
「通りすがりの人に何度も同じ話を執拗にし続けていたので、段々みんなが私の事をそんな目で見るようになりました。子供だった私にはそんな大人達をどうする事も出来なくて。それに何もしてないって言っても誰も信じてくれないわ」
「実際の被害者がいないのにそんな噂が広まるなんて酷いね。お父さんやお母さんはなんて言ってたの」
「父と母は何も知りません。福咏以外は直接私に行って来る人はいません。噂や陰口なので両親には中々伝わらないし、私、そんな事で両親に心配かけたくない」
まだ小さい頃から大人の嫌がらせを受けてたなんて気の毒な。それに噂って一度立ってしまうと中々消せないな。
「その福咏の人ってどんな奴なの?」
つづく
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