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建仁寺が教えてくれる「引き算の美学」/Misakiのアート万華鏡


建仁寺と禅文化の魅力

 建仁寺は、京都最古の禅寺。源頼家の庇護を受け、栄西禅師が創建した。その庭や建築には、禅の精神が宿る。建仁寺は外国人観光客で賑わっていた。禅文化の粋を集めた貴重な寺院だ。伝統的な庭園、建築、茶道の神髄を体現し、世界中から観光客を魅了している。日本文化、とりわけ禅の思想と美学が、いかに普遍的な魅力を持つのか。その魅力の源泉を探る鍵となるのが、「引き算の美学」だ。
 ここでは、建仁寺と「引き算の美学」について語っていきたい。「引き算の美学」とは、一体何を追求する思想なのだろうか。「引き算の美学」は、物事を削ぎ落とし、本質を際立たせる美意識とも定義できる。その思想は禅宗の核心である「直感的で単純な真理の追求」に根ざしている。

建仁寺の歴史と栄西禅師

 開山の栄西禅師は、禅宗を日本に伝え、茶の文化を根付かせた。温厚かつ強い信念を持ち、鎌倉幕府や公家から厚い信頼を得た栄西。『喫茶養生記』を著し、茶の効用を説いた。栄西禅師がもたらした茶は、やがて日本独自の精神文化として昇華していく。

臨済宗の大本山である建仁寺は、京都市東山区に位置し、本尊は釈迦如来
源頼家を開基とし、栄西禅師によって創建された由緒ある寺院である
撮影:MISAKI
明菴栄西像
当時の「喫茶養生記」という文献には
「心臓には苦味が必要なのだ」ということが、お茶の効能とともに記されている
また、深酒の癖のある将軍・源実朝に、二日酔いによく効く薬として茶をすすめた際に
『喫茶養生記』を献上したと『吾妻鏡』に記されている
出典:「お茶が心を救うー心を整える季節ー」

 栄西禅師は、茶の効能を説いた。茶道の精神的基盤を築く上で、大きな影響を与えた。彼がもたらした「抹茶の風習」は、単なる飲用にとどまらず、禅の実践の一部として受け入れられた。
 茶の儀式では、道具や動作が極限まで簡素化される。本質的な「和敬清寂(和やかさ、敬意、清潔、静寂)」が追求される。この過程は、栄西の教えが反映されたものであり、「引き算の美学」を具現化している。
 茶道は、日本独自の美学を体現している。栄西が茶を中国から日本にもたらした後、『侘び茶』という深遠な文化に転化したのだ。

栄西禅師の思想の核心

 禅の哲学では、「無心」や「空」が重要な概念だ。栄西も、この「無駄を排し、心の本質に帰る」ことを説いていた。彼は『興禅護国論』などの著作を通じて、国家の安寧や個人の精神的成長が「簡素で本質的な生き方」によって達成されると論じた。これは、過剰な装飾や欲望を排し、内なる平和を追求する禅の思想そのものといえよう。

茶室 「東陽坊」の外観

 「東陽坊」は、豊臣秀吉が催した“北野大茶会”でも会場となったとされる茶室だ。わずか一人が通れる狭小な躙口(にじりぐち)が見えるだろうか。茶室には「躙口(にじりぐち)」と呼ばれる小さな入口がある。外界と内なる精神世界を隔てる象徴的な境界だ。この小さくて使いづらそうな出入り口にもきちんとした理由がある。 それは身分にかかわりなく、躙口を通る際には頭を下げて謙虚な気持ちにならなければならない。 茶室に入れば誰もが平等であるという意味が込められている。また、これは、外の世界を断ち切り、心静かに茶と向き合うための工夫でもある。こうして身ひとつが出入りできるだけの小さな躙口を設け、最小のサイズの床の間をしつらえた。部屋の大きさも広間から四畳半へ、三帖台目へ、さらには二帖台目というふうになっていく。こんなことも中国の喫茶にはない。ここにも「引き算」がおこっている。
 薄暗い茶室に微かに差し込む光と、温もりのある畳が織りなす静寂の中で、茶人は自己と向き合い、内なる静謐を追求する。

建仁寺に見る「引き算の美学」

 建仁寺の芸術は、日本文化の真髄だ。たとえば、建仁寺の庭園『潮音庭』。苔むす野筋に、力強い立石で三尊石を配し、周囲に横石をシンプルに戦略的に配置することで、息をのむような石組を創出している。

中央の石を取り巻く配石は、どの角度から眺めても調和のとれた景観を生み出し、
日本庭園の美学を体現している。
撮影:MISAKI
三尊石の東側に配された座禅石は、日本庭園における象徴的な空間を形成している。
その周囲に敷き詰められた無数の小石は、まるで宇宙の縮図のごとく、静謐かつ深遠な美しさを醸し出している。一つ一つの石が持つ静寂は、禅の根本的な思想—些細なものの中に無限の美を見出す—を体現しているかのようだ。 撮影:MISAKI
「○△□乃庭」“まるさんかくしかくのにわ”
撮影:MISAKI

 「○△□乃庭」。この庭を作庭した北山安夫氏は、自然の中に普遍的な形を見出し、それを庭に表現することで、宇宙の秩序を表現しようとしたと言われている。四角い井戸は、大地の安定感と人間が作り出す秩序を象徴し、丸い苔は、生命の根源である水を表している。そして、三角形の白砂は、天に向かって伸びる炎をイメージし、宇宙のエネルギーを表している。
 ○△乃庭と引き算の美学の繋がりは、シンプルな形への還元にあるのではないか。
 「○△□乃庭」が「引き算の美学」を体現している理由を以下に示す:

  • 余白の美: 庭全体に余白が多く、それがかえって各要素を際立たせていまる。この余白は、無限の可能性や、心の広がりを象徴しているとも考えられる。

  • 静寂と動のバランス: 静的な石と、苔の生い茂る動的な部分の対比。これが静寂の中に生命を感じさせる。このバランスは、禅が目指す静と動の調和を表現している。

  • 宇宙の縮図: 円、三角、四角という形は、宇宙の根源的な形を象徴している。この庭を眺めることは、まるで宇宙を凝縮して表現したような体験と言える。

 中国から伝来した禅宗は、日本の風土において独自の美学へと昇華した。その代表が「枯山水」(かれさんすい)。水を用いずに石と砂で構成されるこの庭園は、まるで水墨画のような静寂の中に宇宙の息吹を感じさせる。わずかな要素で最大の美的効果を生み出す、まさに「引き算の美学」の真骨頂。このことで、かえって自然本来の美を際立たせ、見る者の心を深い静寂へと導くのである。 

「大雄苑(だいおうえん)」撮影:MISAKI

 「枯山水」は、中国の伝統的な園林とは根本的に異なる美学を持つ。中国の庭園が植物や石を豊富に配置するのに対し、日本の禅庭は最小限の要素で空間を構成する。「枯山水」は、水を一切使用せず、石組みのみで水の流れや自然の本質を表現する。建仁寺の「大雄苑(だいおうえん)」は方丈の広い軒に見合う広大な枯山水庭園で、1940年(昭和15年)に“植熊”加藤熊吉により作庭された。これこそ、まさに「引き算の美学」といえよう。

 日本は中国から伝来した建具文化を、独自の美学によって引き算することで、革新した。頑丈な木製の衝立や板戸から、日本は軽やかな「襖」と「障子」を創造した。桟を残し、和紙を巧みに活用することで、透光性と繊細さを兼ね備えた建具を生み出したのである。この技術革新は、1970年代以降の日本の『軽薄短小』技術の先駆けとなった。

海北友松が描いた雲龍図(重要文化財)の襖絵
複製品だが、迫力を感じた 撮影:MISAKI

 日本は、中国文化から学びながらも独自の美学を確立してきた。伝統と革新の境界で独創的な文化を育んできた。

禅の思想とミニマリズム

 情報過多で複雑化する現代社会において、栄西禅師の思想と引き算の美学は、新たな意義を帯びている。必要なものと不要なものを見極め、本質に立ち返る姿勢は、現代人の心の拠り所となりうる。禅が説く「簡素の中の豊かさ」は、ミニマリズムやサステナビリティといった現代的価値観とも深く共鳴する。

結びに

 栄西禅師がもたらした思想は、日本独自の引き算の美学を生み出す源泉となった。「無駄を省き、本質に還る」という禅の精神。これは、日本文化の美意識の根幹を形作り、今なお私たちの心に深い示唆を与え続けている。この美意識は、複雑化する現代において、より豊かな生き方への指針となるのではないだろうか。だからこそ建仁寺を訪れる意義があると感じた、秋の一日であった。



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