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【BOOK】『東京ホロウアウト』福田和代:著 運んでいるのは信頼

自前のブログに掲載した読書感想文をnoteにも展開する実験です。

【BOOK】『東京ホロウアウト』福田和代:著 運んでいるのは信頼 – Crazy One – glad design blog –

「HOLLOW OUT(ホロウアウト)」とは、直訳すると「凹(くぼ)める」「決(さく)る」「抉(えぐ)る」という意味らしい。
ニュアンスとしては、ある一定の領域に対して中央付近だけを取り除く、欠落させる、といった感じだろうか。
東京一極集中が進む中、2020年二度目の東京オリンピックが開かれる直前、トラックに青酸ガスを仕掛ける事件が発生。
単なる嫌がらせでは収まらず、高速道路やトンネル、ガソリンスタンド、東京湾にかかる橋にまで事故が頻発。
さらに首都圏を直撃する台風によって、東京に物資が入らなくなる「ホロウアウト」状態に。
何でも揃う大都市の「当たり前」は名もなき人々の不断の努力によって支えられていたのだ。
現代に生きる我々の、明日にでも起きかねない”物流クライシス”の傑作。

オリンピック開催間近の東京で、道路を狙ったテロが発生!
分断される道路、届かない食料、回収されないゴミ。
物流のプロ、長距離トラックドライバーたちが東京を救うため立ち上がる!!
物流崩壊の危機をリアルに描いたサスペンス

2020年7月。オリンピック開催間近の東京で、新聞社宛に「開会式の日、東京を走るトラックの荷台に青酸ガスを仕掛ける」という予告電話がかかったのが全ての始まりだった。直後、配送トラックの荷台から青酸ガスが発生するテロが次々と起こる。更に、何者かが仕組んだトンネル火災や鉄道線路の土砂崩れなどの影響で道が閉ざされ、東京の食料が品薄になってしまう。物流が狙われ、陸の孤島となりかける東京。その危機に、物流のプロである長距離トラックドライバーたちが立ち向かう!

東京ホロウアウト | 福田 和代 |本 | 通販 | Amazonより引用:

先日、物流業界を扱った小説として楡周平さんの『ラストワンマイル』をご紹介した。
【BOOK】『ラストワンマイル』楡周平:著 腐らず次の一手を常に模索することの意義

こちらは顧客まで荷物を届ける最後の区間「ラストワンマイル」を担う宅配事業者が大手IT企業を巻き込んだビジネスバトルを繰り広げるストーリー。
「荷物を届ける」ことにプライドを持つ運送事業者の熱い気持ちを描いていた。
本作『東京ホロウアウト』も、そんな誇り高き物流マンであるトラックドライバーたち”トラッカー”が主役だ。

私自身も学生の頃はトラックを運転して荷物を運ぶアルバイトに精を出していた時期があった。
引っ越しの手伝い等もやったが、力仕事が得意ではなかったこともあって、一人でトラックを運転していろんなところへ荷物を運ぶ仕事を引き受けることが多かった。

普通自動車免許は取得していたので、トラックの運転自体にはさほど抵抗はなかった。
普通自動車免許では、4tトラックまで運転が可能だった(当時)。
(現在は道路交通法が改正されて、普通免許では車両総重量3.5tまでのようだ)
https://www.npa.go.jp/koutsuu/menkyo/kaisei_doukouhou/leaflet_B.pdf

https://www.npa.go.jp/koutsuu/menkyo/kaisei_doukouhou/leaflet_B.pdf

長時間の運転自体はそれほど苦ではなかったし、行ったことのない知らない土地にお金をもらいながら行くことが出来た。
当時は広島を拠点に、西は山口、九州・福岡や大分・別府、東は岡山、東京・八王子など、フェリーで海を渡って四国・愛媛や香川などへも行った記憶がある。
それなりに楽しかったというイメージが強いが、それでも、世の中には実にいろんな人がいるのだなと思った。
訳ありの女性一人客の引っ越し(不倫相手と別れて実家に戻る)や、小さな部品ひとつ(○ニク○の看板を留める特殊なネジひとつ)とか、台風の日に海沿いの工場へ軽い骨組みの棚を運んでいる途中雨と風で荷崩れしてしまい骨組みの棚が半分になったこととか、ほぼゴミ屋敷の荷物をゴミ焼却場への搬送など、いろんな特殊な経験ができた。

当時は学生ということもあって、時間的な縛りもきつくなく、単に届けることができればOKという仕事だったこともあり、特段の使命感があったわけではなかった。
単純に無事にお届けするだけなので、誰がやっても結果はたいして変わらない種類の仕事であった。
だからこそ学生にやらせていたのだろう。

結局、職業として運送業を選ぶことはなかった。
それはやはり仕事としての「やりがい」を求めていた若い時分には、運送業というのはそのやりがいが見えにくい仕事なのかもしれない。
だが、前述と繰り返しになるが、平常時には当たり前になりすぎているが故に緊急事態にこれほどありがたみを感じる仕事もないだろう。
それほどインフラとして生活に欠かせない存在なのだ。

主人公・世良隆司はトラックドライバーに憧れたのは、幼い頃に出会ったトラックドライバーの影響があった。

そもそも、自分の力でどこにでも、何でも運べるという力強さを超える魅力には、ついぞ出会うことがなかった

こうした魅力に気づくのは、自分自身が弱い存在である、という自覚があったからだろうか。

ーーーネタバレ注意!ーーー

物流は血液である

Photo by Sander Yigin on Unsplash

本作では「日本」を「人体」として、「物流」を「血液」に見立て語られる場面が度々登場する。
特に首都・東京に日本全国から食料品をはじめとした物資が流入する経路を「動脈」、逆に東京を中心とした神奈川・千葉・埼玉などの「東京圏」で発生する「ゴミ」が各区のゴミ焼却場や東京湾のゴミ処理施設へ移されていく経路を「静脈」としている。

どちらも生活に欠かせないものであり、インフラである。
だが、人々は生活の中でほとんどそれを意識することはない。
あって当たり前、機能して当たり前であるからこそ、それらが動かなくなったときの恐怖や焦り、憤り、不安は計り知れない。

特に「静脈」に相当するゴミを処分するコストについては、ほとんどの人は意識すらしていないのが現実だろう。
処分するコストは誰が払うのか、便利さを享受しながら処分するコストを考えていないことに対する著者の強烈な警告が胸に刺さる。
また、このゴミ処分については、ストーリー上、重大なキーとなっている。

人体にとって血液は栄養分を運んでくれると同時に、身体中の老廃物を処理器官へと運ぶ役割を担っている。
どちらも生きていく上では欠かせない機能だ。

本作では、2020年東京オリンピック開催の直前、宅配業者を狙った青酸ガス事件が発生し、そのあと次々とトラックを狙った事件や事故が多発していく。
まず「動脈」である食料品の運送が打撃を受ける。
燃料である軽油に水を混入され、ウォーターハンマー現象でエンジンが故障する事件が多発。
大動脈である高速道路のトンネル前でトラックが炎上火災する事故、カーブにパンクを誘発する仕掛けをされトラックが横転炎上する事故などが波状攻撃のごとく発生する。
都内のスーパーやコンビニでは食料品の入荷のめどが立たず、市民のストレスが高まっていく。
人間で言えば動脈の血液が止められたに等しい。
そのままでは酸素が脳に行き届かなくなり、やがて死を迎えることになる。

物流のコストを抑えるため、余分な在庫を極力持たないように「最適化」されたオペレーションは、物流が平常通りに動くことが前提となっている。
だからこそ、ひとたびほころびが生まれると、全体に狂いが広まってしまう。
「蟻の一穴」である。
「蟻の一穴(ありのいっけつ)」の意味や使い方 わかりやすく解説 Weblio辞書

その後「静脈」である廃棄物処理が滞り始める。
仕事や生活をしていれば、どうしてもゴミが発生する。
ゴミをそのまま家に置いておくにも限界がある。
特に産業廃棄物は量も多く、どんどん溜まってしまう。

人間で言えば老廃物が排出されずに体内に溜まり続けている状態だ。
数日ならなんとか持ちこたえたとしても、やがて体内で腐敗が始まるだろう。
そこには緩慢な死が待ち受けているのだ。

都市部と地方の対比構造に見る「日本の課題」

Photo by Gregoire Jeanneau on Unsplash

動脈と静脈というたとえでいうならば、その中心である「心臓」は「東京」である。
東京が「鼓動」し、血液を絶え間なく吸い込み吐き出していく。
都市部で必要とされる食料やエネルギーを周囲からどんどん集め、一方で摂取し尽くしたあとの「ゴミ」は都市部で処理しきれなければ地方へ回される。
必要としたのは都市部なのに、後始末は地方へなすり付けられる。
地方に住む人々にとって、この理不尽な構図への憤りは現実に大きく存在しているのだろう。

終盤、燕エクスプレスのオペレーター諸戸孝二は言う。

この国で、東京だけが特別で、まるで別の国みたいだって

僕は東京に出て、その意味が少しわかったよ。別世界だ。人の多さも、手に入るものも、未来のありかたも。世界が明るく輝いているようだ。だけど、両親の牧場に帰ると、一瞬で光が消えた

地方在住者には、東京は別世界で、何もかもが満たされた世界に見える。
東京にずっと住んでいる者にとっては、それは見えない現実なのだ。

東京と、それ以外の地方とのこうした歪な関係性が、多くの富と繁栄と、一方では不幸を作り出してきたということもまた、現実だ。
東京の繁栄があったからこそ、生まれた富もあり、花開いた文化もあっただろう。
何が正しかったのは、誰にもわからない。
ただ、こうした現実が目の前に存在している、ということだけは受け止めるべきだろう。

名もなき市民による不断の努力と結束

Photo by Texco Kwok on Unsplash

「困ったときはお互い様」と言う言葉がある。
自分が困っているときは、たいていの場合相手も困ったことに陥ることがある、だから自分だけが助かることを考えるのではなく、周りのみんなが助かるように動きべきだ、というニュアンスである。
人間の社会はそうした相互扶助の関係性の元に成り立っている。

物を運ぶのはトラックドライバーだが、ドライバーだけで運べるわけではない。
トラックを作る者、トラックを整備する者、道路を作る者、道路をメンテナンスする者、ガソリンスタンド、ガソリンスタンドにガソリンを運ぶ者、そもそもガソリンを買い付けてくる者、荷物をトレースできるようなシステムを開発する者、ドライバーに指示を与えるオペレーター・・・数え切れないほどの人間が関わり、ひとつの荷物が届く。

学生が就職活動などでまず困ってしまうのは、こうした仕事のつながりが見えないからだろう。
世の中には見えていないから知らないだけで、とんでもなくたくさんの仕事があるのだ。
自分に何ができるか、何が好きなのかを知ることも大事だが、まずは社会にどんな仕事があるのかを知ることのほうが先決なのではないか、と思う。

警視庁オリンピック警備担当の梶田は兄・世良隆司の言葉を思い出す。

働くということは、社会での自分の役割を選び取るということなんだ

そうして選び取った役割をきちんと全うすること、これをひとりひとりが行うことで、社会は回っていくのだ。
一人一人の仕事は小さいこともあるだろう。
誰がやっても同じ、という仕事もあるかもしれない。
それでも、役割を全うすることに意味はある。

本作での重要な存在となるスーパーマーケットチェーン「エーラク」に、品薄となった状況にも関わらず商材を提供してくれる農家や豆腐店が登場する。
皆「都民のささやかな食卓を守りたい」という一心で自らの仕事を全うする。
何物でもない無名の市民ひとりひとりの踏ん張りで、今日の生活が守られているという事実に胸が熱くなる。

有名な人物や大きな企業だけが社会を回しているのではない。
小さなひとりひとりが社会を形作っているのだ。
そのことを、我々は忘れてはならない。


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