(続)美味しい音
「結局、コロッケの揚げる音が1番おいしいとっていうことではないんですか?」
「いや、コロッケの揚げる音がおいしい事はわかっている。けれど、今僕が言っているのは、一流の料理人が立てる音、もちろんコロッケの揚げる音も含めて、料理人が持つ菜箸のしゃかしゃか、油の熱せられるふつふつ、コロッケをまとめるときのとんたん、そのコロッケに添えるためのキャベツを着るトントントン、じゃがいもを茹でるくつくつ。そういうもの全てがおいしい」
「つまり料理を作る過程の中で、発生する音がおいしいということですね」
「まぁそういうことね、おいしい音を立てるためには、当然、料理の段取りが良いことが必要だ。つまり、料理に慣れていない人が料理をしている場合、決しておいしい音ではない。もちろん、子供が不器用ながら、慣れていない手つきで作る料理の音、これはこれで美味しい。不器用、それを全て否定するわけではない。むしろ、その不器用ながら何とか作ろうとする姿勢それを僕らは美味しいと感じるわけで」
「まぁそうですよね」と言って、私はグレープフルーツジュースを飲む。
木下さんは、相変わらずハイボールをハイペースで飲んで、それから続ける。
「じゃあ、一流の料理人が、味噌汁を作るとする。味噌汁を作るためには、この場合の味噌汁は、ごくシンプルなものだ、具材は、わかめ、豆腐、油揚げこの3つを使用。最後にネギを散らす。それを料理人が作る。これを、すこぶる段取りよく作っていくわけだ。最初に出汁を取るだろう。出汁、一流の料理人だから、当然、こだわった出汁を取る。具体的には、厳選された昆布で、削りたての鰹節を使う。鰹節のシャカシャカ、と言う音、これは間違いなく朝聞こえてくるとしたら、おいしさで一瞬で目が覚めてしまうレベル」
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