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宝箱  (掌握小説)

 初めてのきらきらはジィちゃんがくれた瓶のカケラ。
 「ちぃ 海に行ってきたんだよ」
 ジィちゃんのおっきな手がちぃの目の前に降りてきてぱあ、とあいた。

 「ふぉぅ」ちぃはびっくりした。それは角が削がれた緑色のガラス片で、台所の黄色い裸電球に照らされて乱反射した。
 「ちぃにあげるよ。」ジィちゃんが言うので、ちぃはおそるおそる手を伸ばした。「連れて行けなくて、ごめんな」
 その朝、嫌がる母ちゃんを海の近くにある病院に連れて行ったジィちゃんは、とても疲れた顔をしていた。4歳のちぃは手の温もりが残るきらきらを見ていて気が付かなかったけれど。

 一日小さなアパートで留守番をしていたので、ちぃはジィちゃんによじ登った。途中で落っこちそうになってジィちゃんに引き上げられる。
 ジィちゃんの肩に顔を預け、首に鼻を突っ込むとちぃは眠くなった。
 ジィちゃんは肩にかかる頼りない重さに足を取られそうになった。
  ―泣かなかったな。

 母親が恋しい時期だろうに、一人留守番をして、帰宅したのは俺だけだ。ちぃはジィちゃんの体温でうとうとしていた。
 朝から敷きっぱなしになった布団にちぃを寝かせた。ちぃはくっつきかけた瞼を眉毛で引っ張り上げじっとジィちゃんを見ている。
 「ん?」「ジィちゃん、これきれいだね」カケラを持つ手をきゅっと握って見せる。「明日、バァが集めていたクッキーの缶に入れような。」ちぃは嬉しそうにうっすら笑うと深い、くすぐったいような寝息をたてた。

     ―   ―   ―

 よっちゃんは帰宅するとちぃに、バァのクッキー缶を取って来て、と言った。「へぃ、これ。」久しぶりにちぃはバァのクッキー缶を出した。
 「お、ありがとう。じゃさ。」
 よっちゃんはなんだか神妙な顔をしてクッキー缶を前にする。
 「開けていい?」
 「いーよ。」よっちゃんが妙な顔をしたままなんで、ちぃは、へへへと笑いながら応える。
 よっちゃんはおかしな手つきで蓋を開けた。缶の上で手が止まる。
 ち、りん。よっちゃんはそのまま固まっている。
 「ん?」ちぃが缶を覗き込んだ。
 ジィちゃんの緑のカケラの隣にもう一つやはり緑色のカケラが寄り添っていた。
 「エ、エメラルドにしたんだ」よっちゃんはなぜか部屋の隅に駆けて行って、壁を見ている。ちぃは口を開けていた。
 壁の前で震える背中に声をかけようとして、しかしちぃは笑い出した。
 よっちゃんは振り返る。
 「ずっとさ」ちぃが息を切らしながら言った。
 「あのジィちゃんが海で、ガラス片を探しているとこ想像して可笑しかったんだ。」よっちゃんは部屋の隅からちぃを見ていた。
 「大急ぎでさ、きらきらしたの探してたんだ。そんで」ふ、ふ。と息が洩れる。ちぃは笑った口のまま背筋をぴんとした。「よっちゃん、エメラルドなんてよく探したよね。」
 「お店の人に聞いたんだ」よっちゃんは言って、部屋を渡った。
 ちぃは背筋を伸ばしたまま泣いていた。

 「シーグラスって、言うんだよ。」
 ちぃの隣に座ると肩に預けられた頭の重みに向かって、ちょっと得意げにささやいた。
 





参加させていただきます。
よろしくお願いします。
 
#シロクマ文芸部


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