青山風游(あおやまふゆ)

詩や写真、文章など。

青山風游(あおやまふゆ)

詩や写真、文章など。

マガジン

最近の記事

猫柳

 比較的早い年齢で親元を離れた。 東北で雪の季節が長い土地だった。 粉雪が夕方になるとオレンジに輝いて舞い上がる。  母は犬を3匹飼っていた。 私が帰省すると、母は犬たちの散歩を任せて昼まで惰眠を貪る。  並んだベッド。 私は横でイビキをかく母を暖かな布団の中から恨めしく眺めた。  先発部隊で冷えきっている自分の鼻にこれから加勢するからと空約束をしばらく繰り返して、一晩布団で暖めた服にモゾモゾ着替える。  犬たちはいつも、今か今かと足踏みをして待っていた。  車に乗り込むと

      • ラ カンパネルラ

        ぽつりと落とした音が響くように 不穏は染みていく 心構えもなく始まった一日に 見覚えのない色が薄く溶けている 鮮血 遠くで流れた ―どこかで混ざる泥となみだ そういうことと自分の今日 一粒づつの音が為す旋律に 部屋が麻痺していく

        • 言葉

          あなたをみて わたしは話す けれども何の意味もない いつだって 伝えようとしては殺してしまう 命と命のあいだにある想いを 今日ね 愛していました あの小さな鳥がさえずったとき とっても そんな風に あなたを傍に感じたの でもね 教えない 言葉にすれば疲れて消えてしまうから 今夜一緒に風にあたりましょうね 春の夜の やさしい風 沢山の残酷や悲しみ理不尽を大気から吸い取って 私たちの命を通して 吐き出しましょうね どうかそうすることで 少しでも 惨劇から痛みを取り除け

        マガジン

        • あれこれ
          2本
        • 11本
        • トム
          3本
        • 短い短い話集
          4本
        • 父の資格
          6本
        • 写真
          2本

        記事

          うずまき

          ぼうと向こうをながめて 風にさわる 膝をついて 乾いた土に爪を立て 探す 見つけたのは未熟なかたつむりの殻 そう 去年も私は生きていた このかたつむりも わたしも 同時に存在していたのだろう 透明ないのちを顧みなかった しらなかったから なんて贅沢な 悲しみなんて まるで本当のことを知っているような そんな勘違い 風をさわる もう 探さない

          トム ③汚ねぇし、14才だし。

           水仙が好きだ。我が家の庭には先代が植えた水仙があり 春になると並んで星みたく勝手にまたたく。 それを我が家の猫たちが匂ってみたりつついてみたり。  調べると、水仙は猫が食べたらヤバイそうだ。 だから一時は全部引っこ抜こうかとも思ったが、 幸い猫どもはつつく以上の興味を示さないので 未だに我が家の庭には春先、空から移植したみたいな水仙が 何が面白いんだか風に吹かれては笑っている。  年末に何度も雪が降って、例年以上に寒く感じた年越しだった。 その割に花の咲きだすのが早いよう

          トム ③汚ねぇし、14才だし。

          トム ①荒縄で走る犬

          我が家には今猫が5匹いる。 あと、トムがいる。  トムは老犬で、老人に自転車で引っ張られて散歩しているもので界隈では有名だった。 引っ張り紐が荒縄で、首輪はレザー。 散歩中、止まらない。 止まらないが、用はちゃんと足す。  あるご婦人は、「落とし物ですよぉ」と声をかけたことがあったもので、覚えていたという。 この、トムの飼い主が倒れたという。 一人暮らしだったもので、なんとか施設に入居はしたが誰にもトムを頼めない。 息子はアメリカやらにいる。 いずれにせよ、わが家的には、

          鮮やかに 柔らかに咲く

          「おときさん、鰻食べる?」 来たよ、と声をかけると目を開き、 こそばゆいような笑みを浮かべた伯母に言った。 「鰻、遅くなったけど約束通り持ってきたぞ。」 おときさんは何やらごにょごにょつぶやく。 声を出そうにも強い痛み止めで力が出ないのだろう。 病魔に侵された体が、流石に鰻どころではなくなったらしい。 「食べらんない」と一言いえばいいものを、 こんな状況でも気を使って言い訳をしているらしい。 私が 「ふんふん、そっか。」というと、また目を閉じた。 体の清拭をするのでと、看護

          鮮やかに 柔らかに咲く

          ケッキョ ケッキョ        

          (パンケーキを食べに行って亡くなった元父へ捧ぐ) 今朝、旦那を送り出す時 ゴキブリが玄関に出没した 冷凍スプレーをかけると速度が落ち 身動きが取れなくなったところを 私に捕獲されてしまった。 このゴキブリの子供達も 昨日の私のように 「パパ、朝まで元気だったのに 朝ご飯食べに行って 死んじゃったんだって」 と騒ぐのかな なんて思い それから一人になって 心の中の 父と共有していたスペースを なんとなく漂っていた。 人は死期を悟るものなのだろうか それとも 亡くなっ

          ケッキョ ケッキョ        

          おじいさんの猫

           晴れ渡った午後。公園の鉄棒で一人の老人が斜め懸垂に励んでいた。  後方にあるベンチに、杖を立てかけ白い犬を従えた同年配の老人がもう一人。 老いぼれた小型犬で、白い毛がめためたと固まり、目の周りはピンクに薄く染まっている。  犬連れの老人は斜め懸垂を眺めていた。  ランニングシャツからむき出しの肩には筋肉が付き、しっとりと濡れている。  日に焼けた腕の、老人らしい筋肉は懸垂に合わせて上下している。 「負傷でありますか?」 突然、鉄棒の爺様が大声を出したので、小型犬はけたたまし

          柳の木の下で

           御徒町も大分、昔と様相が変わった。 なんでも揃う卸しの街というのは、まぁ変わらないやも知れぬが、 やれ、今風のビストロやら、たこ焼き屋やら、大手のディスカウントショップやら。  アメリカもワシントン州からやって来た、小洒落たカフェが前面禁煙を売りにこれまた小洒落たビジネスマンで繁盛している。  そうかと思えば、並んだシャッター、 今では成り立たなくなった昔ながらの商売、 そこに生きていた古い気質のおやじやおかみさんが、 こうっと、これまでの人生を放り投げてしまったような侘し

          父の資格 6

          「銀ちゃん、大丈夫だよ。お金要らないし、ママも死んじゃったんだから。」  電話の向こうから、りんの声が言う。 「銀ちゃんの好きにしていいよ。」  こいつはいつの間に女になったんだろう。 「お前が帰って来ないならこの家は売ってしまうからな。 亜季と俺はもう十年も別居していたんだから当たり前だろう。 亜季の絵も勝手にさせてもらう。 それから、亜季の猫。俺は飼わないぞ。」 「銀ちゃん、ママの絵好きなの?」 「どうせ猿真似だよ。」 「・・・絵を引き取るまで、家を売らないで貰えないかな

          父の資格 5

           高校受験の失敗に動揺する銀次郎を尻目にりんは「歌手になる。」と言って東京に出て行った。  銀次郎が大学時代のコネを頼りに事務所や仕事を世話をしても、トラブルばかり起こした。  16歳になるとアルバイトをすると言い出した。 ―あんな馬鹿がどこで働けるものか。  銀次郎は仕送りを増やした。 都会の恐ろしさも、男の怖さもあいつは知らない。  りんが自分とつながる細い糸を切り、一人現実という世界を漂う姿を想像しただけで銀次郎は苦しかった。  亜季の方はといえば 「お祈りしましょ。神

          父の資格 4

             中学生になっても、りんは相変わらずだ。 悪いことに亜季はりんに何か取り柄があると信じて疑わない。  こいつの取り柄は、俺を怒らせるのが天才的に上手いってことだけじゃねぇのか、と銀次郎は思う。  りんのせいで己がこれまでに培って来た哲学も精神論もどれだけ脆いものかと思い知らされる。 ほんの一時、俺にほんの一時でいいから心の平安をくれ。  家に帰ると未だに幼児みたいに猫を相手に遊んでいる。ひどいときは折れた傘と遊んでいる。  あらゆるコネと金を使って高校に突っ込もうとしたが

          父の資格 3

            帰宅して車を降り玄関に向かうと、猫を家に入れる為に玄関のドアを支えていた亜季が閉めようとした。  足を突っ込むと亜季はばつが悪そうに笑う。  こういう時は責めない方がいい。どうせ晩飯を作るのを忘れて絵を描いていたのだろう。 「外に飯食いに行く?」銀次郎が言うと、亜季は笑い顔になった。 「銀ちゃん何食べたい?りん、りん、ご飯食べに行こう!」  亜季が家に入ると、腹を空かせたりんが入れ替わりに走り出してきて銀次郎の足に抱き着いた。 「りんりん、何食べたいの?りんりんは。」 銀

          父の資格 2

          はじかれた手を所在なさそうに持て余すと、 りんは床に落ちた肉を拾って銀次郎の皿に戻し、 また二人の中間に座った。  「俺は食わねぇからな。」 銀次郎が言うと亜季は  「なんなの、大人げないわね。」と言う。  「りんが食べるの手伝ってあげる。」りんが銀次郎に言う。 りんの食べ残しを、いつも銀次郎が「手伝って」食べてやるのだ。  「いいわよ、ママが食べるから。」  「いいじゃねぇか、ばっちり柔らかくなってんだろ。」銀次郎が肉を亜季の口元に持ってくと、亜季は黙って肉に齧り付いた。