忘れられない恋物語 ふたりの間の距離を決して縮めさせなかった女の子
中学3年生の5月連休明け、学校内で2年生の女の子が男子の間で話題になっていた。
4月に入ってすぐ転校して来た女の子で、ショートヘアのよく似合う可愛い女の子だったからだ。
父親の仕事の都合で多い時は年に3回も転校していた女の子だった。
半年位で何処に転校してしまうので、仲の良い友達が出来ても直ぐにお別れしなきゃいけないと悲しんでいると聞いた。
6月の終わり、僕は放課後いつものように図書館で本を読んで、雨の降るなか傘をさして家への道を歩いていた。
少しすると、自分の後ろに誰かが歩いているのが分かった。振り向くと、その女の子だった。
その女の子は僕を追い抜いて行くわけでもない、
近くに来るわけでもない。一定の距離を保ったまま歩いていた。
3回目に振り返った時その女の子の姿はなかった
毎日その女の子は、学校の帰りに僕の後を歩いた
1週間ほどして僕をはその子に話しかけてみた。
「名前は?」
「2年3組の雨宮由希子。皆、私のことをユキって呼んでる。ユキでいいですよ。鈴原さん。」
僕は振り返って、その子の側に行こうとすると、
その子は後ずさりして、ふたり間の微妙な距離を保った。僕はまた歩き出した。
「どうして僕の後をついてくるの?」
返事はなかった。振り返るとユキの姿はなかった
毎日、そんな状態が続いた。僕は部活には入っていなかった。僕は本が好きだったので、放課後は図書館で本を読み。読み終えると帰っていた。だから、
帰る時間はまちまちだった。
なのにユキは、いつも知らない間に僕の後を歩いていた。そして、毎日少しずつ話しをしていった。
「僕はスポーツは苦手なんだ。」
「そんなこと気にしてたの?鈴原さんがスポーツが苦手なの知ってたよ。鈴原さんたちの体育の授業を見て運動が苦手な人なんだなぁって思った。でも、
私はスポーツ系の部活をやっている人って好きじゃない。汗臭い男の人って苦手。私は静かに本を読んでたり、絵を描いているような人が好き。」
僕が振り返って、ユキの側に行こうとすると、
またユキは後ずさりして、ふたりの間の微妙な距離を決して縮めさせようとはしなかった。
「どうして側に行かせてくれないの?」
「それは鈴原さんが自分で気がついて欲しいの。
鈴原さん、この距離を縮めて、お願い。」
そう言うとユキは走って帰って行った。
僕はユキとの距離をどう縮めていいのか分からないまま、1ヶ月半が過ぎてしまった。
でも僕の後を歩くユキとは、毎日楽しく話しをして帰った。
ある日、いつも知らない間に居なくなっていたユキが、その日だけは、
「鈴原さん、さようなら。」
と言って帰って行った。
翌日、朝学校に行くとユキの友達が来た。
「鈴原さん、ユキは鈴原さんに黙っていたんだけれど、昨日転校したんですよ。今回は急だったみたいこれを鈴原さんに渡して欲しいと頼まれました。」
僕はユキの友達から、可愛い包装紙に包まれた
小さな細長い箱を受け取った。
開けてみるとメーカー品のシャープペンだった。
そしてメッセージカードが入っていた。
そのメッセージカードには、こう書かれていた。
鈴原さんに、あの距離を縮めて欲しかった。
鈴原さんに、好きって言われたかった。
鈴原さんに、付き合って欲しいと言われたかった。
ユキのこと忘れないでね。
僕はユキがプレゼントしてくれたシャープペンを
見ながら、
どうして、こんなことに気付かなかったんたろう?
と思った。
ふたりの間の距離を縮めるのは難しいことではなかった。
僕がユキに、好きだと言えばよかった。