忘れられない恋物語 ぼくたちの失敗 森田童子 1 初めて知った自分にとっては危険だと思った名曲
大学1年生の夏休みに入る少し前、僕は付き合い始めた同じサークルの2年生の香奈恵さんのアパートに行った。
アパート自体は新しい建物なのに、サッシの所々にヒビが入っていた。
僕がサッシのヒビを見ていると
「私が割っちゃったの。大家さんに、私がお金を払うまで取り替えないって言われてる。」
そう言いながら香奈恵さんは珈琲を持って来てくれた。そして、鈴原君、座って、と言った。
「男を追い出した時に割っちゃったの。大学の入ってすぐに、バイト先で彼が出来て、私の部屋で同棲し始めた。彼は3歳年上で違う大学だった。浪人していたから学年は2つ上だった。私は、その人の影のあるところと少し頼りないところが好きだった。
私が支えてあげなくちゃって思ってた。」
香奈恵さんは一旦立ち上がり、戻って来ると、
クッキー食べて、と言ってクッキーの入ったトレーを僕の前に置いてくれた。
「その彼は、ある日突然居なくなってしまう人だった。そして、2週間位、1番長かった時は1ヶ月位して、ある日突然この部屋日帰って来た。そして、
帰って来ると直ぐに、森田童子のぼくたちの失敗を聴き始めた。」
香奈恵さんは、ラジカセにカセットテープを入れ、
ぼくたちの失敗、聴いてみて、と言った。
森田童子さんは女性なのに男の友情の歌を作り歌っていた。ひとりの男が亡くなった親友を思い出しているような歌だった。いい曲だと思った。だが、
直感的に影響を受けてはいけない曲だとも思った。
「彼が居なくなると死ぬほど心配して、戻って来ると嬉しくて子どものように喜んだ。ぼくたちの失敗を聴くから、親友を亡くして苦しんでいるんだと思ってた。そして、そんな彼を支えようと思った。」
僕は、お願いして、もう一度ぼくたちの失敗を聴かせてもらった。
名曲だと思ったが、自分にとっては危険な気がした
「いつものように居なくなり、先月帰って来た。
そして私が珈琲を淹れてあげると、いつものようにぼくたちの失敗を聴きながら珈琲を飲んだ。彼に
何回も愛されて、翌朝、彼の洗濯物をしようと思って、デニムを裏返す時、こんな物がデニムから落ちた。見て、鈴原君。」
紫色の使い捨てライターだった。そして風俗店の名前がプリントされていた。
「私は自分は馬鹿だと思った。親友を亡くした苦しみから、ひとり旅をしてるんだと思い込んでいた。
私がバイトしたお金を持って行く時もあった。でもアイツは、こんな所に行っていた。私は寝ていたアイツを叩き起こし、このライターを見せた。アイツは謝るわけでもなく、チッと言って気まずい顔をしていただけだった。私は出てけー!と叫び、アイツの荷物をドアの外に次々と投げた。その時にサッシに当たった物もあって、サッシが割れちゃったの。
アイツはさっさと服を着替えると、ドアの外の荷物を持って出て行った。」
香奈恵さんは、松山千春のカセットテープの変えた
「冷静になって来たら、性病を移されたかもしれないと思って怖くなって来た。慌てて病院へ行って調べてもらったら大丈夫だった。でも、事情を話したら病院の先生にHIVの検査を勧められて保健所に行った。検査の結果が出るまで生きた心地がしなかった。2週間後に届いた検査結果は陰性だった。
良かったと思った。そうしたら身体中の力が抜けて凄い疲労感を感じた。3日も大学を休んで寝込んで漸く回復した。もうこんなのは嫌だと思った。
1週間ぶりにサークルに出席した。そして鈴原君が麻莉子さんに振られたのを知った。
鈴原君、サークルの新入生歓迎コンパで、私、鈴原君の横に座ったんだけど、覚えてる?」
つづく