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人新世を知るSF傑作選『シリコンバレーのドローン海賊』感想
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人新世、人類の活動が地球環境に顕著な影響を及ぼす時代のこと―
人新世という言葉はこの本で初めて見聞きしましたが、その概念はうっすらと感じていたテーマだったので、取っつきやすくて良かったです
このテーマとして上がりそうな内容というと、まずは環境の保護活動などを想像していましたが、地球環境の変化から発生する災害が深刻化している話だったり、経済格差の問題を扱う話もあったりして、なにより“その中で人はどう生きるのか”という命題が、千差万別に書かれている良いアンソロジーでした
しかし、登場人物にどうも好きになれない造形の作品が多くあったりもしたので、短編各話の感想を記入してますが、悪口もけっこう書いてますので閲覧にはご注意ください
また、ネタバレが含まれた感想も一部ありますので、そこもご注意を
『シリコンバレーのドローン海賊』 メグ・エリソン
物々しいタイトルですが、子どものギャング団の話です
Amazon(にそっくり)な巨大通販企業の社員や下請けの業者が住人の大半を占める街で暮らす子どもたちが、通販配達のドローンを捕獲して配達途中の商品を強奪するという内容
どこか、ディズニー映画の『ロビン・フッド』を連想しました
重税を課して民草を苦しめるのが王国から企業に変わっただけで、実は封建社会の頃と経済格差はさほどに変わらない、むしろひどくなっている…という話にも読めそう
子どもたちが反骨の心をより強め、巨悪(とする企業)へ挑む決意する幕切れのお話だったけど、早晩に子どもたちの海賊行為は企業側に発覚し、親御さん共々に制裁をうける未来しか見えない 物悲しい話に読めた
『エグザイル・パークのどん底暮らし』 テイド・トンプソン
膨大な量の海洋プラスチックごみが寄り集まって巨大な島になり、独自の生態系が形成され、そこに住まざるをえない人々、あるいは望んでそこにいる者たちが築き上げた社会
そんなエグザイル(流人)・パークをルポタージュする一家の話
この浮島はどこへ漂着するのか予想がまったくつかずに読みましたが、設定の奇抜さに比べて大きなオチがつく話ではなく、堅実的な結末に落ち着くので、ある意味これも未来の人新世なのかも
公平な視点のドキュメンタリーっぽくも読める
『未来のある日、西部で』 ダリル・グレゴリィ
人新世というテーマで、これから起きるかも知れない未来の凄くグロテスクな風景を描いている話
畜産業やガソリン車が急進的な反対活動に曝されて風前の灯になっている世の中で、上等の牛肉をガソリン車で配達しようとしてるカウボーイをはじめとして、一見バラバラの境遇にある医者や投機師などが意外な縁で結ばれている群像劇
登場人物それぞれが、今の世の中っておかしい、イカれている、とぼやきながら生きていくしかない強かな姿を見せてくれたり、かと思ったら大規模な山火事から避難するエピソードやAI競馬の投機話や某ハリウッド俳優が実名で登場したりなど、やや詰め込みすぎな
印象もある
サービス満点なアメリカのドラマっぽさのある話で、この設定内でいくつもエピソードが展開できそうでした
『クライシス・アクターズ』 グレッグ・イーガン
(ネタバレ注意)
このアンソロジーにおいて大本命のイーガンさん新作短編
予想よりトリッキーで、読者により解釈が分かれそうな話だった
地球の気候変動による災害の多発は社会不安を煽るために大袈裟にでっち上げられた陰謀によるものと信じている人物が、その陰謀を暴くために暗躍する秘密組織の指令を受け、台風災害の復興ボランティアとして志願するという話
結局、ボランティア先では陰謀の証拠は発見できず、懸命に被災地支援に明け暮れて帰ってきた語り手は、秘密組織に任務の失敗を報告したものの、咎めはなく幕切れになる
秘密組織の存在は語り手の妄想で、彼は災害を恐れるあまりに(こんな恐ろしい災害は実際には起きていない、陰謀によって恐怖を煽られているだけ)と信じたいから、自分の望む世界に浸ってしまっているのではないか? と、読めました
この話の冒頭では、この薬を飲んでいれば健康にはもう心配いらない! と怪しげな健康サプリメントを盲信している実父を説得しようとする場面から始まるので、つまり似た者親子の話かも知れない
そして「中年の危機」というキーワードから始まる話でもある
語り手の彼はどうも自分の本業が上手くいってないらしい描写もあり、世間や世界に対して抗ったり物申したりするデカいことがやりたい、何もなし得ないままで年老いたくない、という無意識下の恐怖が
自分は陰謀を暴く正義の秘密組織の一員である
という妄想を産んだのではないだろうか
しかしボランティアに参加したことで、災害の猛威の真実を肌で感じて、ボランティアと被災者が互いに助け合う事に協力出来て、災害を大袈裟にあげつらう奴らがいるなどという妄想が、消えて無くなる結末になるかと思ったのだけど、そうではなかった
妄想説は自分の勝手な解釈なんだろうか?
(この作品についてはネット上での様々な解釈が読めるので、読み比べてみるのも楽しいです)
『潮のさすとき』 サラ・ゲイリー
大規模な海底農場を経営する企業で、危険な潜水業務に従事せざるを得ない女性が、人魚のようにずっと海中にいられる肉体改造手術を受けた同僚を妬むあまりに功を焦り、企業側のあこぎなやり口で貯金を奪われる話
同僚の人魚女性への激しい嫉妬や、劣悪な環境での生活のしんどさや経済的に追い詰められた描写など、気が滅入るのに語り手本人をやや苦手に感じる話でした
海中で生きたいという渇望のあまりにそうなっているのだろうけど、自分を気にかけてくれる同僚男性に頼るだけ頼ったり、いざという時に受け入れるのをためらうところなど単純に性格が好かない
人魚の同僚女性もおそらくいい人で、嫉妬のあまりに認知が歪んでたのだと思われる
だから語り手に救いがもたらされるかもしれない結末にも納得いかんくなった
そんな女に優しくしてやる必要ある? って思ってもうた
『お月さまを君に』 ジャスティナ・ロブソン
うって変わって、心洗われる優しい話
名作絵本として知られる『GOODNITRO MOON 』を意識したタイトルなのだろうか
地球で生活する人類はその数を大きく減らしているけど、進化したネットワークによって互いが繋がり、平穏な環境が維持出来ている社会の話で、わりと恋愛要素もあった
優しい話なのですが、それゆえ「美談ですね」以外の感想が出てこない取っ掛かりに欠ける話でした
この話の口絵はめっちゃ好みです
『菌の歌』 陳楸帆(チエン・チウファン)
中華SFはまだまだ読みつけてないのですが、この短編めちゃくちゃ面白いです このアンソロジーの中でも、一、二を争うほどに好きな作品
広大な中国国内全土にAI情報網を普及させる国家プロジェクトの女性スタッフが、奥地の特異な村にやってきて、そのコミュニティから受け入れられるまでの話
特異な村の菌を利用したインフラの描写や、薬物でトリップする場面などハラハラしつつ面白い
実写版を是非みてみたいです
『〈軍団〉』 マルカ・オールダー
かなり分かりにくかった作品
〈軍団(レギオン)〉と呼ばれる自衛アプリの開発者の女性に、ネットのバラエティ番組の司会者がインタビューをする、という筋書きだけど肝心の〈軍団〉の機能がよく分からなかった
おそらく、身体的あるいは社会的に弱い立場にいる人たちが互いに見張りあって自衛を行う、相互扶助アプリなのだろうと思われるのですが〈軍団〉が行き過ぎたアプリだと反対する勢力によるスタジオの襲撃も起きる なぜ反対勢力があるのだろう?
〈軍団〉は無差別に人を傷つけるものではなく、自衛のためのもの、それにわざわざ反対したい人たちって何なのだろう
司会者の男性がインタビュー相手の身体に同意なく触れてやろうかと苛立つ描写が気持ち悪かった
行き過ぎた自衛は恐ろしい、でもこの司会者のような馬鹿野郎がいるのは事実、だから〈軍団〉は必要とせざるを得ないし、現実に開発されるかも知れない
そんな皮肉の話なのだろうか
だとしたら〈軍団〉が発動する場面があれば良かったのになあ
司会者のくそやろうはシバかれてほしい
『渡し守』 サード・Z・フセイン
バングラデシュの作家さんの短編
高度医療が発達した結果、人が死亡することがほぼ無くなった世の中で、稀に発生する死者の遺体を回収して埋葬する墓守の人の話
不可触民と呼ばれる人がいる文化圏での話で、墓守の人が受ける差別や暴力が理不尽極まりないと感じる
そこからSF的な跳躍によりハッピーエンドに導かれるけど、その前段階で墓守の人が受けた仕打ちが酷すぎて、受け入れるのが難しかった
輪廻転生ではなく不死の魂となることは、果たして恩恵なのだろうか?
『嵐のあと』 ジェイムズ・ブラットレー
オーストラリアの沿岸部のサイクロンの迫る街の暮らしに閉塞感を覚えている、ティーンエイジャーの女の子を語り手とする話
環境問題や気候変動における地球の危機より、恋や家族の悩みが生々しく語られるのでそりゃそうだよな、と思った
しかしこの女の子の行動がとにかく危なっかしい!
心配するおばあちゃんは粗末に扱うし、自分を見放している父親を慕うことを諦めきれない、駄目な不良どもとつるんでいる、そして凄く痛い目を見てしまう
可哀想だけど馬鹿でもある 生き延びたら改心して欲しい
同作家さんのインタビュー記事も合わせて掲載されていましたが、こちらはかなり難しめで歯ごたえ強めな内容でした
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とても魅力的なレーベルですね