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『アステリズムに花束を』 百合SFアンソロジー 感想文

SFマガジンの百合SF特集号に掲載された作品に、書き下ろしも含まれた、百合への期待と思い入れが満ちみちた作品集です


百合SF特集のSFマガジンは三刷の増刷を果たしたことや、伊藤計劃氏の『ハーモニー』の十周年記念で開催された特集であったことなどを語る序文から熱い短編集でしたが…『ハーモニー』は百合認知されてるんですね
それはそれで嬉しいような、むずがゆいような、百合って枠組みに入れるのは適切なのか迷うような、『ハーモニー』好きとして複雑な心持ちになる

すごく刺さった作品もあれば、どうもピンと来ない作品もあった作品集なので、感想を書きたい作品のやつだけ書きます


『キミノスケープ』 宮澤伊織   

人間はおろか、動物や鳥や虫も居なくなった世界で、でも商店の類は変わらず利用できるため、食料品などの物資の調達には困らない…変な言い方だけど“理想的”な終末世界で一人旅をする女の子が、この世界にいるもう一人の誰かの痕跡を見つけ、その誰かを追い求める話
蚊に刺されないことや、美術館で眠るところがすごくうらやましく感じてしまった
(そして展示してあった絵はおそらくデ・キリコの作品…それを伝言板にしちまうのは、光景は美しいが何だと! という気分にもなる)
宮澤伊織さんの作品って読んでるとナイーブな心境になってきます
メンタルがよわよわになってゴロゴロしたくなるような感じ…
結局、痕跡を残していた誰かは何者だったのか?
彼女はその誰かに会えたのか、分からないままでこの物語は終わるけど、気になるのはこの作品の文体と視点の事で、 旅する彼女を高次の視点からずっと見守ってる“誰か”が彼女の行動や心理を代弁してるかのような語り口で、彼女が追いかけている誰かとこの語り手は同一人物ではと思えてきます
この世界は街をつくるシムシティみたいなゲームと、女の子を世話して育てるプリンセスメーカーみたいなゲームが合わさったもので、旅する彼女はプログラムで、語り手はゲームのプレイヤーだったのかなと想像しました
では、そんな世界だとしたら、彼女は人間と出会うことはできるのか? ふたりだけのファーストコンタクトを叶えられるのだろうか

『彼岸花』 伴名練

耽美な世界観の女学生寄宿舎×交換日記もの
女学生の寄宿舎にただ一人の人間として編入してきた少女と、その庇護者にして吸血鬼たちを統べる“お姉様”が綴りあう交換日記で語られる
すでに生身の人間はほぼ死滅しており、人造の血液(造血)をその身に巡らせて生きる吸血鬼たちの魔都となっている世界が日記の文章から少しずつ描写されますが、造血を利用する様々なガジェットやインフラの設定がめちゃくちゃ面白いので長編化してほしい短編でした
『なめらかな世界と、その敵』でもそうでしたが、伴名氏の短編は長編化して欲しすぎる作品ばかりです

乗客の造血を啜る電車や、造血によって奏でるパイプオルガンに奏者の血が行き渡る描写などは、耽美さとスチームパンクみを共に感じるし、そもそも寄宿舎×交換日記百合なところで要素がてんこ盛りです
レ・ファニュの『吸血鬼カーミラ』もモチーフになっていると思われますが、原作は未読で『ガラスの仮面』の題材でしか知らなかったので、ちょっともったいないことをしました あれも百合だもんな
この短編から派生して、世界各地の吸血鬼たちがどのような生活を送っているのかも見てみたい

『月と怪物』 南木義隆

旧ソ連の超能力開発とその軍事転用のための実験施設に囚われた姉妹の話…だけど、このアンソロジーはあくまで百合SFで、その百合カプが思わぬ組み合わせで爆誕してのける展開に読んでてプルプルしました
旧ソ連の国内の描写がたいへん読み応えあります
(おおっぴらに言えない事だけど、国民に多大な負担と犠牲を強いる国や時代の描写を読むのが好きです)
この話では、想い合っていた2人の会話や結ばれた過程などはまったく語られず、その事は生き残ったひとりが後年に密やかに知る、という奥ゆかしさがたまらない一作です

『色のない緑』 陸秋槎

ハイスクール時代に共同の研究をして仲良くなっていた3人の女の子のうちの1人が自殺をしてしまい、残されたふたりがその死の真相を調べて、そして過ごした時間を回想する話
百合SFであり言語SFでもある上に、様々な学術知識がこれでもかと盛られていて、でもそれは難解さに繋がらず知的好奇心がくすぐられる
(し、すごく分かりやすい話でもある、凄い)
言語学や翻訳機、言語の生成にそれが辿る変化と進化を研究していたハイスクールの女の子たち凄いなあ~ってほっこりするし、その後に彼女たちがたどった進路がある意味敵対してしまうものだったとしても、3人でいられた記憶がずっと支えだったり、現在の研究への情熱を燃やす理由だったりしたんだろう
(もちろん、自分のやりたい事であるのは一番として)
甘やかな百合成分はごく控えめだけど、萌の要素と言語学のところが濃密で凄く好きです この作品集の中のベスト

なお、この『アステリズムに花束を』は、こちらの記事を参考にして購読しました
傘籤さん、ご紹介ありがとうございます

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