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映画『シャーリィ』とシャーリィ・ジャクスン著『くじ』の感想

今年の9月の話なのですが、上田映劇さんで『シャーリィ』という映画を鑑賞しました

フライヤー表

高名な小説家のシャーリィ・ジャクスンと大学教授の夫の2人が暮らす、蔦の絡む豪邸に住み込む事になった若い夫婦が見舞われる、息詰まる家主たちとの関係の話…なのですが
“愛が試されることになる”
“魔女の毒であなたは目覚める”
とのポスター煽り文句を見て、作家シャーリィと若夫婦の妻の共依存性+友情+主従関係エッセンスと、作家の変人嫌なやつエピソードの話かなあと予想して観て、それでほぼ間違いは無かったのですが
若い方の夫も大学教授の夫も、ろくでもないくそやろうな人格で実に胸糞が悪くなる映画でした…
作家のシャーリィに作品を書かせようとあれこれと口を出しプロデュースしてやってると言わんばかりの夫が、住み込んだ若夫婦にめんどくさいシャーリィの世話と家政の仕事を上手いこと押し被せたり
若夫婦の夫は大学での職を安定させるために、身重の若妻にそれらの役割を負担させるっていうかほぼ丸投げする
しかも若妻はシャーリィからはパワハラを、教授夫からはセクハラを受ける
それに対して、こんな家は出ていきたいと若妻は当然訴えるけど、夫は己の学閥での立場の方が大事で取り合わない
でも、若妻ローズは気難しいシャーリィと着々と絆を深めて、ローズとの交流からインスピレーションを受けたシャーリィは、スランプを脱して次々と書けるようになり、2人ともそれぞれの夫を言うことを聞かなくなり、反旗を翻すようになる
でも、結局、最後の最後で
シャーリィとローズの交歓って本当にあったのか分からない、すべてはシャーリィの脳内でのあまりにも高度で複雑な、作家らしい想像のやりとりだった可能性がある
そう示して終わってしまう、話だったのです

たいへん神経衰弱な、観ていて体力が奪われる映画でした
でも面白くはあります
1960年代の風俗描写なども、女性の社会的な立場の弱さも微塵もまろやかに描いてなくて、女の立場から観てカタルシスが得られる話では全くない映画です
でも、シャーリィの繊細で暴君な作家ぶりの見ごたえや、献身的で優しく夫どもからのパワハラやセクハラやモラハラにもへこたれないローズのしなやかな逞しさ、すごくいい
あとシャーリィ・ジャクソンの本人のお写真に女優さんが似すぎてて凄い

女が観てカタルシスが得られる話ではないとして、じゃあ男性はこの映画を観てどう思うのだろう
妻に対してダメな夫でしかない野郎どもとそれに苛まれるの妻たちの物語を観ていて、面白いとはとても思えないけど、
フィクションの鑑賞を性別で二分して考えるものではないはずですが、広く人の意見を聞きたい話ではあります
でも人には勧めづらい まっすぐに面白いとは言えないので

こちらは恒例の映劇はんこ

それにしても、シャーリィ・ジャクスンの作品を1作も読んでなくて観に行ってしまったのですが、おそらく氏のファンであればもっと喜べたはずです
という訳で、比較的入手しやすかった『くじ』を読んでみました

シャーリィ・ジャクスン・作
深町眞理子・訳
ハヤカワ文庫

不条理な物語や“奇妙な味”と称される作品が詰まった短編集で、決して読みにくくはないのに読むのにとても時間がかかってしまいました
凄く大雑把にまとめると、人間が人間に向かって抱く悪意の様々なかたちを、ごく平易で読みやすい、とても短い話でいくつもいくつもいくつも読まされてしまう話集で、大変気が滅入るしダメージがやたらに大きい話でした
時折オチが掴みきれなかったり、この小説が書かれた当時のアメリカの風俗や文化が分からないと読解出来ないのであろう箇所もあるのですが、でも訳文の端正さと、ひとつひとつの話が(読んでて傷は深いけど)短いものだから何とか読めます
この読み心地は昨年読んだ『スタインベック短編集』に通じるものがある気がする…けど、こちらの方がはるかに底意地が悪いし、書いた人の性格の悪さをひしひしと感じました
とりわけ好きな短編の内容をごく簡単に書きます

『魔性の恋人』
語り手の女性が結婚詐欺にあったのを分かっていてそれを認めたくないばかりに右往左往する話
中年の女の悲哀をこれでもかと残酷に描写してて胸糞が悪すぎる話 だけど読んじゃう

『おふくろの味』
自身の納得のいく家具や調度品に囲まれて、丁寧な料理をこしらえて生活をしている男性が、憎からず想っている隣室の汚部屋の女から酷い仕打ちを受ける話
汚い部屋の様子が自分の家に似てて面白かった

『背教者』
可愛がっている飼い犬がよその家の鶏を喰い殺していると告発を受けた主婦が、どうにか飼い犬を殺処分させまいと奮闘するが、近隣の住人からは面白半分に犬を虐待まがいのしつけをする提案しか受けられず、自分の子供も犬の殺処分のやり方を面白がって囃し立てる
そこへおそらく鶏を喰い殺したばかりの犬が、足先や口元を血で濡らして帰ってくる…という話
犬を放し飼いにするのが間違っているのでは…? と首を傾げる話でもあるけど、おそらくこの当時のアメリカにおいては、日本で言う1990年頃の、まだ猫が家の内外の出入りを自由にさせてる事に抵抗が無かった頃のような、そんな感覚でそうしているのだろうと思った
それなら分からなくもない うちもそうでした

『どうぞお先に、アルフォンズ殿』
白人の家庭の息子さんが黒人の家の息子さんを友達として家に連れてきて一緒にご飯を食べようとするが、お母さんは黒人の子を(恵まれない生活をしている子)と案じて、たくさん食べさせようとしたり、食事や古着を持たせようとしてやるけど、黒人の子の家は裕福な生活をしており社会的な地位も高かった
それを知った母親は不機嫌になって、ヒステリックに息子とその友人を追い出すけど、息子たちはそんな経緯があっても楽しそうに冗談を言い合っている
その冗談がこの短編のタイトル、という清々しい話
母親は“可哀想な黒人の子”と決めつけて扱うけど、息子たちはそんな事は気にしないし、むしろそれを笑いあっている、胸糞悪い側面もあるけどいい話

『人形と腹話術師』
レストランで芸を披露する腹話術師が、飲んだくれて相方のダンサーの女性に暴言を吐くのを見かねて、居合わせたおばさまがビンタする話
話のメインは、おばさまのレストランや料理に対する感想なのですが、楽しい時間をぶち壊しにする腹話術師をしばいて終るので、妙にスッキリする
特にどうという話ではないのに、描写がいちいち細かくて面白いです

『歯』
激しい歯痛の治療のために、深夜バスで一路ニューヨークへ向かった女性が、治療を経て己のこれまでもこれからも生まれ変わったかのように、見知らぬ男とどこかへ去っていく話
歯痛の間の正気を失う表現や、非日常に曝されておかしな行動を取ってしまう不安症の描写は、何と言うか肌感覚で分かるなって思ってしまう
そんな事は起きないけど、どこか起きてもおかしくないって思ってしまう、そのゾワゾワ感をもたらす手法は他の作品でも覚えがあるけど、このシャーリィ・ジャクスンが原点だったのだろうか

『くじ』
市町村毎の住人がみなでこぞってくじをひく、不可思議な慣習の話
くじは何のために引いているのか、くじに当たった人物はどうなるのかは、最後の最後まで明かされないのですが、これも同類の話の派生型を見聞きしたことがある気がする
こんな慣習はもう止めてしまおうと発言する人はいるけど、古くからの伝統をないがしろにするのはけしからん、と諌められるのが何とも気持ち悪い

映画の『シャーリィ』に登場したシャーリィ・ジャクスンは、いかにもこんな話書きそうだな! という納得のいく造形がされていたのを思い出しました
あとシャーリィの秘書兼世話係の役目を押し付けられる若妻ローズは、物語登場の時に『くじ』をニヤニヤ笑いながら読んでたので、ニヤニヤ読むくらいのいい性格でないと務まらないだろうから、そこも納得しました

巻末の訳者の深町眞理子氏の解説もとても良かった
短編の『くじ』の初出はSFマガジンだったことなどもぐっときました

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