6歳の娘がビジネスを始めた話
キッチンで後片付けをしていたら、娘がバタバタと勢いよく走ってきた。
「ママ、ネイルサロンを開いたから、最初のお客さんになって!」
はて、ネイルサロン?なんの話?
「部屋の一角にね、ちょうどいいスペースがあったから、マニュキアを並べてみたの。そうしたら、これネイルサロンにできるなと思って!」
声だけでなく、体全体を弾ませている。もう早く見せたくて仕方ないらしい。
ははーん、アレに影響されたんだな。
娘の言葉を聞きながら、わたしには思い当たる節があった。
昨日、外出したときに、スーパーの並びにネイルサロンがあった。その前を通りかかったとき、娘は、「わあ!」と感嘆の声をあげて、窓にへばりついた。
そこには、200色くらいありそうな大量のマニュキアがグラデーションになってずらりと並んでいた。何人ものネイリストがお客さんの爪に向き合っていた。
娘は、迷いのない声できっぱりと言った。
「ママ、ここに行きたい!」
え?6歳でネイルサロンはさすがに贅沢過ぎるだろう。わたしも負けじときっぱり答えた。
「君にはまだ早い」
娘はぶーぶーと文句を垂れた。
「クリスマスプレゼントにもらったマニュキアセットがあったじゃない。ママがあれで塗ってあげるよ」
わたしがそう提案すると、娘は文句を言うのをぴたりとやめて、「うん!」と元気よく返事した。
たぶん、あのとき見たネイルサロンと、自分のマニュキアセットを使うことを組み合わせて、今回のネイルサロンビジネスが立ち上がったのだろう。
どうやら娘は、本当にお金を請求するつもりらしいので、わたしは小銭入れをもって、娘のサロンへ向かった。
「こちらへどうぞー」
案内されるままに座ると、すぐに料金体系の説明が始まった。
「こちらの普通の色は25セント、こっちの暗いところで光る特別なものは34セントです」(注:1セント=約1.5円)
暗闇で光るマニュキア?そんなの持ってたっけ?情報が怪しいので、34セントのは却下。普通の色のセレクションにあるピンクを選んでお願いした。
「それでは、ここに手を広げて置いてください」
見ると、おもちゃ箱の蓋をテーブル代わりに使っている。わたしがその上に手をパーに広げて置くと、娘はピンクのマニュキアの小瓶をきゅきゅっと開けて、テクニシャンとしての仕事を始めた。
じっと爪に目を凝らして、一心不乱に小さな刷毛を前へ後ろへ動かす。爪からマニュキアがはみ出さないように、丁寧にゆっくりと。一つの爪を塗り終えるたびに、一度刷毛を瓶に戻してから、次の爪へ移る。
すごい集中力だ。
自分以外の人の爪を塗ったのは今回が初めてのはずだけど、ちゃんときれいに塗れている。丁寧な仕事ぶりが気に入った。それに、この色は自分で買うことは絶対になさそうな、明るいポップな色合いである。いつもと違う非日常感で、ちょっと気分が上向いた。
そしてなにより、このビジネスを立ち上げようと思いついたアイデアがいい。自分の持っているものと、自分にできることと、自分がやりたいことを掛け合わせている。めっちゃいいよ。
「ママ、この色好きだな。きれいに塗ってくれてありがとう!」
わたしは喜んで25セントを払った。
娘はそれを両手で受け取った。顔には満面の笑みが浮かんでいる。そして、お店の奥に用意してあった貯金箱の中へ、ちゃりん、ちゃりんといわせながらコインを一つずつ入れていった。
(おしまい)
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