シェア
夢福郎
2015年12月15日 22:50
「雨だ」 そう言って彼が頭上を仰ぐと、淡いねずみ色をした雲間から、サアーッと雨粒が降ってきた。「なにぼんやりしてるんだよ、行くぞ」 彼は少し焦るように、制服の上着を脱ぎ、それを私の頭にかぶせた。あ、日なたの匂い―――気づいたとたん、ふいに自分の意志とは関係なしに顔が熱くなった。サッと下をむく私の手首を、いきなり、彼が強くつかんだ。そこから熱が直に伝わってきて、胸がドンと脈打った。「
2015年12月5日 22:53
怪物と呼ばれ、石をぶつけられたルカはその夜、地面に穴を掘った。毛むくじゃらの両手が土をかきわけてゆく。その騒ぎに驚いた虫たちが、きゃあきゃあ悲鳴をあげながら、ルカの指先を逃れてゆく。”ごめんなさい、もうバカにしないから” ルカにはそんな声が聞こえた気がした。けれども、どの虫が言ったのか分からない。”ごめんなさい、潰さないで” 生まれたときから心がないルカは首をかしげる。なぜ、あや
2015年12月4日 21:40
さよならレイチェル。 ぼくらは君のことを忘れない。 何日たっても、何年たっても、君のことを忘れたりなんかしない。 絶対に絶対に。 ◇ 空は、水に溶かした絵の具みたいに、透きとおった青色をしている。その中を飛んでいるのは、うろこ雲や、枯れ葉や、鳥たち。そしてたった今ぼくの手から離れていった、黄色い風船。どこまでも、どこまでも高く、のぼっていく。「行っちゃったなあ」
2015年12月3日 23:26
雨がしとしと路面を濡らすせいか、足元から冷気が這いのぼってくる。とら吉はぶるっと身を震わせ天を仰いだ。でんでら雲の深いところで雷鳴が響くのを幾度も耳にしているが、閃光はまだずっと遠い。 ふと、背後に気配が立った。とら吉はつい、鼻息を漏らした。目前に横たわる道路を、車がびゅうんと走り去る。「今日はまた、ずいぶん粘りますねえ」 またおまえか―――と、とら吉は心のなかで言った。「そんな
2015年12月2日 21:51
同僚が「俺は竜になる、だから会社には行けない」というメールを自宅のパソコンに送りつけてきたその翌日、首を吊って死んだ。もともと口数が少なく、何を考えているのか読めない奴ではあったが、死ぬほどの悩みを抱えているようには見えなかった。仕事で大きなミスをしたことはあったが、上司にこってり絞られた後もどこか超然としていて、落ち込む様子はなかった。ねぎらいの言葉など要らぬという風情が、やけにさっぱりして見
2015年12月1日 06:22
ちっちゃい少女ファンは、ふしぎな力をもっている。たとえば、花に水やりをしたとき。まだ、つぼみどころか、茎さえ太く成長していなかったそれが、ファンによってジョーロの水を注がれたとたん、ぐんぐん大きくなって家の屋根を追いこし雲を突きぬけ、しまいには星の彼方まで見えなくなってしまった。 ところでファンが人々に忌み嫌われているのは、性格が悪いせいでも口べたなせいでもなく、ただ「ツン」として見える美し