フマジメ早朝会議 ⒉やみつきモーニング 連載恋愛小説
仕込みが一段落したところで、カウンター席に座った恭可のもとには真っ白なプレートが届く。
カリカリベーコン・フライドポテトに、目玉焼き。ソーセージの焼き目がニクイ。キャベツの千切りを中央に据え、奥行きと高さを演出したアートな盛り付けは、喫茶店ならでは。
頼まれもしないのに恭可がお店を手伝うのは、このお駄賃があるからにほかならない。通常のモーニングセットにはバタートーストがつくのだが、本日はなんとハニートーストが同伴出勤。
食パン一斤を半分にカットし、バターとはちみつ、生クリームがてんこ盛りの罪なひと品。キャラメル風味の砕いたナッツがまぶされ、バージョンアップしている。
「さすがに食べすぎでは…」
広大は見るだけで胸やけしているようだ。
「外サク・中ふわじゅわー!」
「話きーてねーし」
しょっぱさと鬼のような甘さが交互に味わえ、フォークが止まらない。
恭ちゃんにはどんどん与えたくなんだよな、と恭可のニヤケ顔がマスターにうつったようだ。
実をいうと、恭可にとってのメインイベントは、来るたびにメニューが変わる絶品モーニングではない。トモシビのマスターは、場を提供しているだけ。
ここでは、隔週、とある研究会の朝練が執りおこなわれる。主催者はマスターの孫・椿野広大。趣味も学業も全力投球という、某私立大学経営学部2回生。
正式名称「文具研究会第五師団」は、ミリタリーマニアな広大が趣味に走ってつけた名で、会員に団長と呼ばせたいがため。
略称「BK5」も、ドイツの航空機関銃の名前らしいから、細部にこだわる性格はマスター譲りといっていいだろう。
会場代がかからないため、参加費は無料。
そのかわり、全員がワンドリンクを注文するのが、暗黙のルール。
平日の早朝という日常に、突如として現れるマニアな集団は、貸し切りではないため常識的な音量で話すようにしている。
「諸君、おはよう」
「おはようございます、団長」
広大の茶番につきあう、心の広いメンバーたち。
「本日のミッションは第一部:各自の活動報告。第二部:新手帳のお披露目会となっている。心して臨むように」
はっ、と敬礼までしているのは、恭可くらいだ。
新団員として今回加わったのは、淡いベージュのスーツをまとった会社員とはいいがたきオーラの持ち主。
恭可は、まずその服の配色に目が釘付けになる。
深い彩度のグリーンのシャツに、こげ茶とホワイトのパキッとしたストライプタイ。ただならぬ色合わせである。あとでスケッチしようと食いつくように見ていたため、彼の自己紹介はこれっぽっちも頭に入ってこない。
気がついたら、名刺が手もとにあった。
ようやく目を落とせば、某文具メーカー第二事業部と印字されているではないか。
「え?開発部とかですか?」
勢い込んで恭可が聞くと、談笑が止まり間があいた。
広大がホトケの表情を浮かべて言う。
「だから、営業なんだってさ。今ひととおり聞いたとこです。まーたどっか行ってたな。…あ、屋敷さん。こちら、栗林恭可さんです」
どーも、と会釈をしつつ、ネクタイしか目に入らない。
うん、あの光沢はシルクにちがいない。
(つづく)
▷次回、第3話「第一印象、はなまる」の巻