弟君のバレンタイン演習 909字 シロクマ文芸部
チョコレートは甘いから、キライだ。
「では、ネタ提供お願いしやっす」
わたしはペンを構えて、スタンバイ。
漫画家としてキュン量産を課せられている身だが、もともとドラマチックな経験などとくにないうえ、頼みの妄想アイデアも枯渇して久しい。
こういうときに使えるのは、うるわしの弟君。
外見もさることながら、気の利く頼りがいのある男だと評判だ。
電車やコンビニ、駅や道端。週イチで告られる勢いの、歩くネタの宝庫。
今は大学に通うためひとり暮らしだが、呼べばすぐに来てくれる。
チャーハンやシチューなど、なんでもない料理をふるまうだけで、それ以上の礼は求めてこないできたヤツだ。
***
「姉上にこういう話すんの、抵抗あるんですけど」
珍しく歯向かうそぶりをみせる。
「なにを今さら。出し惜しみしないで吐け」
「モテ男が本気の片思い」などという甘酸っぱいネタをヤツは隠し持っていた。
「いいねー王道だね」
わたしは興に乗り、マインドマップにどんどん書き加えていく。
スケッチもしたいから、ビジュアルを聞いてみた。
が、彼は急に口を閉ざし秘密主義になる。
若いコの考えていることは、さっぱりわからん。
意中の彼女は、わたしと同様甘いモノがニガテらしい。
バレンタインになにを贈るか迷っているという。
そんなのカンタンじゃん、とわたしは彼に秘策を授けた。
***
しばらくして、呼んでもいないのに弟君がやってきた。
そして、大きな花束を黙ってわたしに持たせる。
伝授したとおりのチョコレート色の薔薇だ。
ミルクチョコのようなミニ薔薇とレンガ色の大輪からなる、シックで華やかなブーケ。可憐なかすみ草も効果的だ。
甘い香りが漂ってきそうな花々に、わたしは見入る。
「えっと…あ。予行演習?お花がもったいないじゃん」
「葵衣さんに」
ほう。さすがにマメですな。日頃の感謝というやつですかな。
なるほど、サプライズはたしかにときめく。
照れ隠しに、わたしはふざけて言った。
「こら。姉に迫るやつがおるか」
「姉は姉でも、友達の姉なんで」
今3回姉って言ったよな…?と顏を上げた拍子に、唇を奪われた。
弟の同級生・通称「弟君」が経験豊富なのを、わたしはすっかり失念していた。
(おわり)
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