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『野党って何なんだ』ー「「野党」論」吉田徹(著)

 2024年は、選挙イヤーと言われております。主に注目されているのはアメリカですが、日本でも衆院選があるかもしれません。

今年は、自民党総裁選があります。

岸田政権の支持率は低く、自民党の中では岸田自民党総裁を、今年の総裁選で倒したいという議員もいると考えられます。

なぜなら、岸田総理では自民党議員が選挙で勝てないからです。

 事実、4/28に投開票される補選は自民党が全敗するかもしれないと言われています。すなわち野党(特に立憲民主党)が議席を増やすということです。

 野党が補選で全勝するかもしれないのに、この国では「政権交代」は話題にはなりません。

他の民主主義国に目を向けますと、政権党が大きな失態をして、国民から信用を失えば、選挙で野党が勝利して、政権交代が起きるものです。

なぜ、日本には政権交代が起きにくいのでしょう?


それは、国民が自民党を信用していないのと同じくらい、「野党」も信用していないからです。

どうして、国民は野党に期待できないのでしょうか?

さらに言えば、野党の存在意義って何なんでしょうか?


本書は、「野党」に注目し、民主主義国の中で求められる「野党」のあり方について、論じた本です。

・野党って、何でいるの?

 日本は選挙制度を導入して以来、一党独裁による政権運営の経験がない国です。

戦時中、大政翼賛会が一党独裁を目指しましたが、中途半端に終わりました。

 すなわち、日本では常に与党ではない野党議員たちがいたのです。野党は実際に、国の政策や運営に関与することはできません。

では、彼らの存在意義は何でしょうか?


本書では野党が持つ役割が三つ紹介されています。

1.与党が倫理的、法的におかしなことをしていたら、異議申し立てをする
2.与党の進める政策(目的・方法)をチェックする
3.与党を支持していない有権者の声を代弁する


以上の三つです。私は特に、三つ目の機能が重要であると感じています。

 なぜなら、与党が議会で多数を持っていて、やりたいことを次々に行うと、社会に分断を引き起こすからです。

こう聞くと「一部の声の大きい少数者の声を聞いてもいいのか」と考える方もいるでしょうから、もう少し詳細に書きます。

 世の中において、明確な政治観(俗に右派・左派と言われるもの-信条やイデオロギー)を持っている有権者は少数です。

大多数の有権者は、無党派(なんとなく投票-その時の地震の利益を考えて投票)でしょう。

すなわち、大多数の有権者は少数の「明確な政治観」を持っている人と違う理由で、投票先が一緒になる可能性があります。

 アメリカの共和党投票者(トランプ以前)を、例にするとわかりやすいかもしれません。

共和党の投票者は「少数の明確な政治観を持った人」「多数の無党派」です。

「少数の明確な政治観を持った人(例.宗教右派)」は、妊娠中絶に反対です。

一方の「多数の無党派」は、妊娠中絶には関心はなく、減税政策に関心を持っています。

 このように同じ投票行動でも、投票動機が違うのです。共和党が勝利すれば、減税も妊娠中絶反対も両方やってくれます。

しかし、妊娠中絶に関しては野党や無党派から批判が集まります。分断の原因となるのです。しかし、投票してくれた以上、公約を守るのが普通です。

ですから、妊娠中絶に反対の政策を行うのは仕方がありません。しかし、こういった議論を呼ぶ政策を極端に進めてしまうと、反対派の運動が過熱化し、社会の分断につながります

ここで野党の出番です。極端な政策が実現されないように、バランスを取るのです。そうすることで、極端な政策をマイルドにできます

そして、自身が政権を獲得した時に、その時の有権者のニーズに沿って、修正すればいいのです。その時も反対党に対して、配慮をすることが必要ですが。

 与党は、自党に投票していない有権者を無視していいわけではありません。野党支持者の存在も考慮しながら、社会の分断を引き起こさない対話の姿勢が大事なのです。

民意の残余部分を野党が汲み取り、きちんとそれをシフや政策決定の場へ伝達することで、民主主義体制は安定し、持続する。

吉田徹『「野党」論』,(筑摩書房,2016),p22.

・日本の野党は、弱すぎる

 野党は、与党以外の民意を代表する存在であり、社会の分断を低減する役割を持っています

さらに、有権者が与党に失望した時に、政権交代の担い手として、政権党になるという大きな役割を持っています

 私は、今の与党の代わりに政権を担当できる能力のない野党がいないのは、最悪な議会の状況だと考えています。

なぜなら、有権者に選択肢がないからです。

与党に対する落胆や不満は、希望と期待に置き換えられなくてはなりません。それは可能にならなければ、主権者はその社会をより良いものにしていく手がかりを失うでしょう。

吉田徹『「野党」論』,p46.

 戦後日本政治史を見ると、日本の野党が「国民の声に応える気がない」のがよくわかります。

日本社会党、立憲民主党など彼らは選挙の際に単独で議会の過半数を取る気で候補者を立てていません。

彼らは、自民党の議席を減らすことが目的になっています


そんな野党はいなくていいです。


日本には、自民党に勝って政権を取る気がある政党が必要です。


 日本社会党と立憲民主党のやり方は似ています。

1.自民党の主要政策を批判する
2.過激な表現や、議会でのパフォーマンスでメディアの注目を集める
3.現実的でない政策を掲げる


 彼らは、仕事をしているように見せて、実際は自民党が与党でいるのを支え、自身も野党第一党としての地位を維持している

いわば両党はwin-winなのです。


こんな談合が主のクソ政治は、改善しなければなりません。


 自民党に勝てる野党は、現在存在しません。ですから、岸田政権の支持率が低くなろうと、大きく日本の政治が変わることはないでしょう。

 しかし野党第一党の地位は、前回の衆院選の結果から変化の兆しにあると考えられます。

日本維新の会が立憲民主党の議席数に迫っています。支持率も一時期は、立憲民主党より高かったです。

日本維新の会に期待感を持った有権者の方が増えてきているということですが、最近の万博をめぐる振る舞いをみるとどうにも、、、(笑)。

まだまだ日本の政治は変わらなそうです。

・所感

 今回のnoteで取り上げた内容は主に、序章から第二章までの部分なんですが、後半ではヨーロッパにおける野党(主に労働党系)がどういう政策をしていたかなどを取り上げてますね。

それはそれで、面白いんですけど書名が「野党」論で、取り上げる政党が労働党系って、「結構党派性はっきり出し過ぎでは?」と思いましたね。

 それはそれとして、ちょっとおもしろい文章があったので、それを紹介して終わろうかなと思います。

一九七〇年代以降、政治的な対立軸はすでに大きな変容を経験してきました。社会学者の高原基彰によれば、その転換となったのが一九七三年です。(中略)  こうした転換期にあって、日本では左右両翼における反近代主義が台頭していったというのが、高原の見立てです。(中略) 左バージョンの反近代主義は、安定した日本社会の中にむしろ戦前の「日本型ファシズム」の残滓を見出し、これを可能にした国家権力や滅私奉公的な労働を非難します。終身雇用や年功序列といった雇用慣行も、批判の対象となりました。(中略) 組織に束縛されず、個人の力で生きていける「自由」な社会が理想とされていました。

吉田徹『「野党」論』,p189-190.

 ちなみに右派は「安定」らしいです。引用した文章でまず気になったのは、安定した日本社会(1970年代以降)に「日本型ファシズム」を見出すって難しくね?

って点です。そして、「左派」が組織からの「自由」、個人として生きていく力(国家に頼らない)を得ようって主張するんですよね。

今の「左派」と逆じゃん。むしろ、個人として生きていく「自助」って、新自由主義として「左派」が批判してるんですよね。

こう考えると「批判したい対象」が先にあって、それに合わせて言葉を持ってくるという手法を用いてるように思えるんですよね。

まぁ、どっかで変節があったってことでしょうけど、「右派」「左派」というラベリングに意味がないことを痛感しますよね(笑)


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